つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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願いを叶えるということは・・

願いを叶える。

これは誰しもが一度くらいは考えたことがあるのではないだろうか。

この願いは、実は本当に叶うものなのだ。

「ソフトボール上野投手・・」の言葉で書いたように

「二球はない。」

ここに秘密が隠されている。

一球、一球に心・全心をこめて投げる。

この心なのだ。

自分を信じ、一生懸命やり続けたとき、宇宙が感知して結果を導き出してくれる。

心を尽くして強く願う時、天地が采配しはじめる。

この時、心は真心がないと違う次元のものにひっかっかてしまう。

欲や執着・怒りなどで願い続けると違う方面のものに引き寄せられる。

真心・心は希望に満ち、高く、清く、広い世界を目指した時、神聖な場所へと導かれ、心はより一層明るくなる。

真心を持たないと、心は暗くなり、不平・不満を手にすることになってしまう。

真心・本当の心は人からもらえるものでもないし、知識として得られるものでもない。

ひとつひとつの事柄に全心・真心で向かった時、魂は明るく光を放ち、願いは天地によって叶う。

さあ、今日ももうひとふんばり!元気に笑顔で歩いていこう♪

(実際、ヒーリングをしていて、魂がすっぽりと明るい光を放っている人に出会うことがある。その時、ヒーリングしている側も幸せをもらえる。魂本来の明るい光はすべての人が持っているもの。その光をごしごし磨いて世界中を光らせよう!

犬さんたちは、ご主人のことを信頼して待っていてくれる。ご主人もその出迎えに癒される。犬さんたちには時間の観念がない。ひたすら全心でご主人を待っている。忠犬ハチ公で知られているように犬さんたちは、本当に優しい。私の手元に「犬と私の10の約束」と書かれたフレンチブルドッグの人形つきのストラップがきた。犬さんたちから学ぶことも多い。私も全心で犬さんたちに愛を持って接しよう。)
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広汎性発達障害

広汎性発達障害というのを聞いたことがあるだろうか。

自閉症やアスペルガーなどを含んだ障害を広義にとらえたものである。

最近ではテレビでも取り上げられている。

大学生や一般の家庭生活を営んでいる方がその障害を持っていたという事実が最近になってやっとわかってきた。

知的には高く、しかしながら対人関係においての相互反応がとりにくい。

社会性に問題が生じやすい。

言葉やその他のコミュニケーションに障害がある。

想像力に問題が生じやすく、それに関連した行動がスムーズにとれない。

一般的にはこのような点があげられる。

私たちの脳は電気的活動をしている。

脳が光や音を感知すると電気活動が起きる。

この時、自閉症の方の中には音を遮るという行動に出る方がかなり多く見られる。

新奇な音の処理機能に障害があるためだろうといわれている。

また、神経細胞間(ニューロン)を信号で伝達する物質セロトニンが50%~30%の割合で高い水準で見つかっているといわれているが、まだ正確な理由が見つかっていない。

現在もこの障害をかかえ、社会の中で戸惑いながら生活している方がいる。

K君。

神奈川県の湘南地方にある盲学校を卒業して会社に就職した。

仕事をはじめて15年になる。

K君は弱視である。

障害者雇用枠の中での就労だった。

しかし彼はもうひとつの障害を持っていた。

広汎性発達障害だ。

会社での彼の扱いはどうだったのだろうか。

会社では「我慢する」ということを他の周りの社員に言い渡されたそうである。

腫れ物にさわるように彼に接してきたそうだ。

社員さんのストレスも膨大になってきた。

仕事の工程を覚えていくのに想像力がきかない。

応用して作業していくことができないのだ。

また、感情をうまく処理できない。

相手の心理を推し量っての行動が難しい。

現在は企業コンサルタントの方が、彼が広汎性発達障害であることを見つけ、彼が仕事しやすいように、また社員さんのストレスも減少していくようにすすめている。

ひとつひとつの行動(仕事)に対して、順を追って彼に伝えていく。

人の心のパターンを、順をおって彼に伝えていく。

どのような言葉を言ったら、人は傷つくのか、嫌な気持ちがするのか。

どのような言葉で人は快感を覚えるのかをゆっくり伝えていく。

彼の会社での生活はゆるやかに暖かい環境に変化していっている。

社員の方々も、今では彼を腫れ物にさわるような接し方ではなく、彼の言葉や行動に対して、

「この言葉は、私にとって傷つく言葉なんですよ。」

「作業はAをしたら、Bへとすすんでください。間違っています。」

というように、彼が理解しやすいように歯に衣を着せずに明確に伝えていくようになってきている。

K君は今、結婚したいと考えている。

その夢も現実のものとなる日も来るだろう。

K君の場合を見ると、その障害は大なり小なりはあるが、私たちも持っているものである。

A以外のものは受け入れられないとか、Bだけがよいとか・・。

彼の中に自分を見ている感じを強く受けた。

障害という言葉ですべてを納めてしまうが、彼らが生きやすく生活しやすくなる社会は自分も生きやすく生活しやすい社会であると思った。

すべての人が、みな生き生きと生活できる社会であってほしいと思う。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

(昨晩の湘南地方はものすごい雷と雨!雷はエネルギー体を浄化するといわれているが凄まじかった。そろそろ、穏やかになるといいなあ!今日は鎌倉のお寺に行ってきま~す!!)
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自分に気づく(第3チャクラ)

私たちの体は借り物である。

この言葉を何度か聞いたことはないだろうか。

私もそう感じているし、実際そうなんだと確信している。

体はいつも私たちを優しく抱きしめていてくれる。

まるで繭のような存在である。

私たちの悲しみや不安、恐怖心を最後までまるでダムの壁のようにグッと力強くこらえてくれている。

目に見えない体も同様である。

私たちはたくさんの感情を持っている。

その感情の中には「自分」を傷つけてしまうものもある。(もちろん、自分を慈しむものもある。)

この時、言葉や場所、人など自分が傷つく・・と思われるものを知らないうちに遠ざけるという自己防衛という無意識の行動が出てくる。

私の場合は、若い頃ジャケットを首のところまでしっかりとめていた。

現象としての一つの現れであろう。

そして、毎日のように吐き気を催していた。

気分も晴れやかでない。

この時、私は自分の感情・想いに気づかないふりをしていたのだ。

何があっても感じない・・という防御をしていた。

自分はいらない人間じゃあないのか。

自分がいなくてもいいんじゃあないんだろうか。

自分さえ、静かにしておけばうまくまとまるんじゃあないだろうか。

自分という存在をジャケットの中に置き去りにしていたのだ。

人はみな、とても素晴らしい存在である。

生きていることに存在価値がある。

そのことに顕在意識が気づいていない・わかっていなくても魂は知っている。

だからこそ、体は最後の砦である壁を崩して「吐き気」という形で知らせてくれていたのである。

第3チャクラ(胃のあたり)は「自分を大切にする」チャクラ(ツボ)である。

このチャクラは自分の中(内面)と外と深く関係しているチャクラである。

周囲からの影響も受けやすい。

周囲からの影響で自分が発しているものを違った方向へ変更したりすることでこのチャクラの力は減少する。

また、顕在意識でこの方が有利だろうと考え、自分の内面の発するものに気づかないで生活していくうちに不具合が生じてくる。

人として生きていく中には、自分のことだけでなく外界(まわり)ともうまく関わっていかなければならない。

その中で自分の内面からの叫びをたまには聞いてあげてほしい。

この時、魂は気づいてくれたと喜び、再びチャクラは正常な回転をしはじめる。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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九頭龍神社へ

神奈川県にある箱根の芦ノ湖畔に九頭龍神社がある。

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ここにはハイキングコースもあり、龍の道として有名である。

昔、芦ノ湖には毒龍が住んでいた。

波を凌ぎ、雲まで動かす毒龍を、萬巻上人が調伏した。

毒龍はこれに対して、宝珠・水瓶・錫丈を捧げて帰依したので萬巻上人は手厚く祀ったという。

現在、この場所は力の強いパワースポットとして有名である。

神奈川の湘南に江ノ島というところがあるが、昔、役の行者という人がいてこの方は江ノ島から箱根の山まで空を飛んで出かけたという話が残っている。

昔から修験の方々の集まる場所だったのかもしれない。

この神社の鳥居をくぐったあたりから、エネルギーを感じ始めた。

頭がクラクラしていい気持ちである。

本殿前の社務所でペットボトルを購入してお参りをする。
(100円で購入。ペットボトルには龍の絵が描いてある。)

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青龍と白龍が迎えてくれた。

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エネルギーは最高潮に達する。

九頭龍の力がこめられているという水を汲んでボトルのキャップを閉める。

帰りの参道でしばし龍の瞑想!

体の中の龍の道が統合される。

湖まででてしばし九頭龍に想いをはせる。

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旅の最後は杉のご神木。

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優しいエネルギーを体に受けて箱根を後にした。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

(九頭龍さんのご神水を口にするとエネルギーがあがるのが感じられてた。もし、箱根に立ち寄ることがあったら、是非飲まれてみることをお勧めする。
今日もみなさんにとってよい日でありますように
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喉を使おう(第5チャクラの力)

喉には第5チャクラがある。

このチャクラは神性への門でもある。

胸(第4チャクラ)と頭(第7チャクラ)をつなぐ大切な場所である。

魂と神(宇宙と言い換えてよい)とを結ぶ門である。

言いたいことを我慢していると、喉のチャクラは詰る。

反対に言い過ぎると喉のチャクラは肥大する。

すべてのチャクラがそうであるようにこのチャクラも愛を基本として言葉を発していくことにより正常な回転をする。

このチャクラは甲状腺や気管、歯や顎と繋がっている。

私たちはさまざまな現象に感情が波立つ。

葛藤が起きる。

これを超える意志の力がこの喉のチャクラを真に開くポイントだ。

あなたの人生において、あなたはコントロールされていないだろうか?

現象に振り回されていないだろうか?

体には七つの大きなチャクラ(ツボ)のほか、たくさんのチャクラが存在する。

そのチャクラひとつひとつが独自の個性を持っている(個性といっていいのかどうかわからないが)。

自分のチャクラにさえ、コントロールされていないだろうか?

すべてのチャクラを、愛(普遍的な)で統合した時、神性の門(喉のチャクラ)は開き宇宙の真理(第7チャクラ)と繋がる。

例をあげてみよう。

Mちゃんは染色体の異常を持っている女の子(ダウンではない)。

彼女はある日突然、意識不明の状態になり3年間寝たきりの状態になった。

彼女の意識を回復させたのは、同級生の歌や言葉だった。

クラスでいつも彼女が一緒に歌っていた歌を彼女の枕元にテープで流したり、彼女への愛のある声かけ(言霊)をした。

そして、昨日の「手を使おう」でも書いたように彼女の手に刺激を与えた。

握手をしたり、柔らかい素材で手をなでたり、少しざらざらした感じの素材で手をなでたりした。

体も医師の許可を得て、触ってよい部分は触った。

太ももや腕をMちゃんに愛をこめて触っていった。

ボディーセラピーの原点であろう。

愛の力が彼女を眠りから覚めさせ、再び教室に戻れるようになるまで回復した。

この時、同級生すべてが彼女へ心から愛を送ったのだ。

同級生ひとりひとりにエゴがなく彼女の回復を願った結果だろう。

彼女が必ず教室に戻るという信念、意志の力。

これが喉のチャクラの門である。

奇跡は実は当たり前のことなんだと、いつ起きても不思議はないと最近思っている。

私たちひとりひとりが持っている力だと確信している。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

(今日は箱根の九頭竜神社に行く予定だ。明日は九頭竜神社について報告したいと思っている。今日も素敵な1日を
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手を使おう!

体の中で、情報をたくさん得る場所のトップは目である。

次は手が一番感じやすい場所である。

「手は脳の突出物である」とも言われている。

皆さんは、物を取るとき無造作に目的物を手にしていないだろか?

お茶の入ったコップがある。

そのコップのお茶を次の瞬間、考えることもなく、口にしていないだろうか?

脳というコンピューターは本当に精密にできている。

何らかの障害により、この機能がうまく働かない場合、ひとつひとつの流れを体に指令していく必要性が生じてくる。

まず、右手はどこ?

力を入れて持ち上げて・・・・という風に、障害を持っている場合ひとつひとつの動作を考えながら動かすことが必要になる。

これを繰り返していくことでまた、スムースに手が動きだしていくようになる。

手と脳は密接に関係している。

右手は左脳に、左手は右脳に。

この手を握る・開く・たたく・指を曲げる・指をたてる・・・・という動作をしていくことを継続していくと脳に障害があるかたにはリハビリになるし、そうでない場合も普段から手を使うことにより、脳が活性化していく。

外国ではリハビリに○天堂のゲーム機を使用しているところもある。

ピアノも左右の手を使うので取り入れられている。

小さい頃、「むすんでひらいて♪」とか、「手をたたきましょう♪」とかをやってきたが、とても大切なことを先人の方々が知っていたのだろう。

手を動かすことにより、手を使うことにより言語の発達にも役立っていく。

手をたくさん使い、若々しい脳を作っていこう!

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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ソフトボール上野選手の言葉

オリンピックが昨日で閉幕となった。

さまざまな点で、注目を浴びた北京オリンピック。

今でも私の中で、北京で開いたことには疑問が残っている。

が、オリンピックができてよかったという気持ちもとても強い。

4年間という長いスパンで行われるオリンピック。

選手一人一人の全心で行うこの祭典は感動を奇跡をもたらす。

ソフトボールの上野選手の言葉が私の心をより一層揺さぶった。

「二球はない。」

「気持ちが強い人間が最後は勝つ。」

「アンパンマンが好き。アンパンマンは困ってるとき、必ず助けにきてくれて、自分の体をちぎって困ってる人に分け与えてくれる。」

彼女の強さや優しさなどの心の原点に触れることができた。

この力は引き寄せる力がある。

自分を信頼し、一球一球に全心をこめて投げ続ける。

自分を信じて疑わない。

そして守備陣、攻撃陣を信頼して投げる。

これは、私たちの日々の生活にも同じことが言える。

自分を信じ、自分を疑わず毎日淡々と生きていく。

そして、将来への不安や他への疑心暗鬼などの心を消し去った時、おのずとよい方向へと繋がっていく。

気持ちが強い人間・・・。

一番手ごわい相手は誰でもない。

自分である。

ZARDの「負けないで」という歌のように、私も最後まで走り抜こう。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

トンネルの先には必ず青空が待っているから。
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蝶のように

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昨日は、とても涼しくて動きやすい気候。

小雨が少し降る中、庭の雑草取りにいそしんだ。

ふと、窓の下を見ると黒あげはが、さなぎから産まれたばかり!!

まだ濡れている羽をゆっくり乾かしている。

だいぶ乾いたのか、少し飛んだ。

まだ上手に飛べず、羽をひらひらと動かしている。

私の住んでいるところは温暖でみかんの木がたくさん植わっている。

我が家の庭にもみかんと夏みかんの木がある。

蝶やカブトムシ、クワガタ、蝉の宝庫である。

元気に空へ飛びたてよ!

蝶の一生は卵から幼虫、さなぎ、そして蝶へと変身する。

幼虫の頃はたくさんの葉を食べて成長する。

そして、なにやら黒いものを吐き出してさなぎになり、二本の透明の糸で固定して蝶になるのを待つ。

黒いものは糞ではない。

体の中のいらないものを吐き出してさなぎへと変身するのだ。

幼虫の頃は結構体が大きいが、さなぎになるには小さくすることが必要になるためいらないものを吐き出すのだ。

そしてじっと蝶になるまで静かに時をすごす。

蝶になるまでのは個体差がある。

1ヶ月から2年の歳月を要して蝶になる。

あげはは、世代交代を4回繰り返すといわれている。

そして、美しい羽を持ち空へと飛び立つ。

この流れは人間の姿に似ていないだろうか。

たくさんの情報を得て、その中から、本当に必要なものだけを得ていく。

不必要なもの(不安、不信、嫉妬など)を手放し、必要なもの(普遍的な愛)を大事に育てていく。

そしてひとりひとりが美しい羽を持って胸をはって生きていく。

蝶の成長には個体差がある。

でも、蝶は他の蝶と比べあったり、競い合ったりしない。

人はみな美しい羽を持っている。

その羽が美しく開くのにも時間がかかっていい。

ひとりひとり成長の速度は違う。

自分のペースを守ってゆっくり羽を乾かし、空へと舞い上がっていけばいい。

さあ、今日も羽をゆっくり乾かしながら元気に笑顔で歩いていこう♪
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アイコンタクト

私たちの脳は、とても面白い。

脳の各部分が体の部位に相当する。

脳が一番情報を得る場所はどこであろうか?

目からの情報が一番多い。

目は口ほどに・・なんて言葉があるように目には大きな力がある。

おとといの晩、アイコンタクトのできるセラピードッグ「チロル」ちゃんの話をテレビで見た。

彼女の目は笑顔を忘れていたお年寄りに笑顔を取り戻す・・という愛コンタクトであった。

私の教え子の中にもこのアイコンタクトによって自分の卒業後の進路を掴むことのできた子がいる。

重度の脳性麻痺のお子さんである。

彼女の名前はIちゃん。

障害が重度であるため、、彼女の卒業後の進路がなかなかきまらない。

(身体障害の場合、軽度であれば、もちろん会社に就職していく方もいらっしゃるし、職業訓練校や作業所、施設などの場所へ進路をすすめていくが、どこも定員が一杯で待機者が多い。現状では、待っている間、一週間の間に三日とか二日とか通うなどの手立てがとられている。)

Iちゃんは、あるデイサービスセンターに現場実習に行った。

(現場実習は在学中にさまざまな場所へ行き、そこでの仕事や生活に合うかどうか、そしてその会社や施設側などが、実習している方が合うかどうかをみていくものである。)

Iちゃんの行ったデイサービスセンターは後天的に障害を持った方や高齢者の方のための場所である。

デイサービスの責任者の方は、実習の経験のみということでIちゃんの実習を引き受けてくださった。

Iちゃんは、頑張った。

先生たちから、「大人はね、大きな口をあけて笑わないの。ウフッて微笑むのよ。」

「大人はね、よだれをたらさないの。飲み込むのよ。ごっくんって。あなたならできるわ。」

「就職するんでしょ。大きな声をださないの。目で合図しなさい。」

Iちゃんは大きな口をあけてしまうと、顎がはずれてしまう。

脳性麻痺のために唾を飲み込む嚥下がうまくできない。

嬉しいことや、嫌なことがあると「ウオーッ」と思わず声がでてしまう。

これを克服するのはとても大変なことである。

デイサービスセンターでは手がたりない。

まして、お年寄りがいらっしゃるので静かにしていることも条件の一つであった。

学校ではマンツーマン。

しかし社会にでてからはそのような好条件の場所は皆無に等しい。

いよいよ実習。

Iちゃんは大きな目を使ってさまざまなことを訴えていった。

マージャンをしている方の様子をじっと見ていたり、カードをしている人の様子をじっと見ていたり。

そして「微笑み」を忘れずに!!

彼女の存在はお年寄りの方々に受け入れられた。

また、所長さんに会ったとき、彼女は真摯な目で

「私をここに就職させて」

と言わんばかりに食い入るように見つめたそうである。

所長さんは

「やられた~!!Iちゃんの目力にやられた。Iちゃんに見られたらもう、なにも言えないよ。どうぞ、卒業後はここに来てください。待ってるよ!!」

とおっしゃってくださった。

Iちゃんはこの時ばかりは、

「ウオーッ」と<大きな声で喜びの声をあげていた。

不可能なことも可能にする力。

それは、すべての人、動物、存在が等しく持っているものなのだろう。

あきらめずに、Iちゃんのように生きていきたい。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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潜在意識と瞑想

昨日は神奈川の湘南地方に大雨警報。

雷とともに、雨の音が激しくなった。

久しぶりにクーラーがいらなくなった。

ぐったりしていた木々も今朝は元気を取り戻している。

昨日はMさんから電話をいただいた。

Mさんは何かを掴んだ様子。

Mさんの声に力がある。

Mさんは数年前に離婚した。

ご主人は○ラリーローンを次々と借り、その返済を家を処分し解消した。

女性関係でもルーズな方だった。

Mさんには成人したお子さんがいる。

息子さん二人であるが、ご長男さんが同じように○ラリーローンに苦しんでいることが最近分かった。

Mさんは、息子さん二人がご主人の子であることをしばらくの間忘れていたそうである。

ご主人とは違うと信じていたそうだ。

しかし、現象面で同じような事態が生じ、不安になったという。

フツフツと、息子さんがご主人に似ているのでは・・・と次々とよくない想いがでてきたという。

私たちの顕在意識は5パーセント、潜在意識が95パーセントを占めている。

潜在意識の奥底に超意識(宇宙意識)が入っている。

顕在意識で忘れていても潜在意識のほうがはるかに占める割合が大きい。

二人でここに着目した。

潜在意識の中に不安、恐れ、疑いの心があることが理解できた。

この潜在意識を変化させる必要があったのだ。

ご主人からの遺伝情報をよいものだけが息子さんに伝達されているという意識に変化させることにした。

瞑想という方法を使ってみることにした。

私たちの脳は心理学の面から言うと現実と非現実の区別がつかないという。

定期的に瞑想を使うことにより効果を得る期待が持てる。

ビジョンをしっかり持つことにより、そのビジョンが現象世界にも影響を及ぼしていく。

Mさんは瞑想によっていくつかのメッセージを得ることができた。

息子さん二人はMさんにとってかけがいのない息子さん。

しかし、前のご主人のことは排他していた。

息子さん二人を生み出してくださったご主人の家系にも少なからずそうした気持ちを持っていて感謝の気持ちはなかったという。

「祈って祈って祈りまくれ。」

瞑想の中でそう聞こえたそうである。

何を祈ったらいいのかという質問がきた。

前のご主人のご先祖の宗派はわからないという。

般若心経を唱えていただくことにした。

何故、祈る必要があるのか。

私の中で、私に聞いてみることにした。

ご主人のご先祖様に対する感謝が足りなかったと理解できたMさん。

ご主人の遺伝情報はご主人のご先祖からずっと伝えられてきた大切なもの。

そして息子さん二人が今ここに先祖の代表選手として存在している。

そのご先祖への感謝を潜在意識にしみこませる必要があったのだ。

ご供養してこなかったという罪の意識もしらないうちに潜在意識に入ってしまったのだろう。

これをクリアにする必要があったのだ。

Mさんは、これから暇があれば般若心経をあげていくと力強く話されていた。

これですべてが終わったわけではない。

もうひとつ1番大切なこと。

息子さんと向かい合ってしっかり話し合うこと。

そして息子さんが自ら自分がどう生きていくかを選択することが重要である。

人生は色々ある。

ひとつひとつ丁寧に波を乗り越え大きな海を渡っていこう。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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不死鳥のように

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「夏の風」の中で、書かせていただいたT君という30代の若者は20代の前半に結婚し、お子さんが二人いらした。

彼は家族のために昼間は会社で働き、夜は2トントラックの運転をして一生懸命働いた。

夜も昼もほとんど寝ずに仕事をし、トラックの中で仮眠をする程度。

食事は○ンビニで買っていたそうだ。

若いと無理ができる。

自分の体からの信号(発信)に気がつかなかった。

25歳の時、突然、車の運転をしていてスピードをだすことができなくなった。

彼の運転する車の後ろは長蛇の列になった。

警察が来て、彼は幸いにも実家のそばを走行していたので実家に誘導してもらったそうだ。

家に帰った彼は、母親と話をした。

頭が重い。

首の付け根が動きづらい。

このような症状があったそうだが、若い彼は体からの発信を気にもとめず、仕事をしていたそうだ。

その日の夕方、彼は実家で吐き気をもよおし、意識不明になり救急車で運ばれた。

左脳に大量出血がおきたのだ。

彼は左脳の一部を切除する大手術をうけたのだ。

手術のあと、彼は3年間眠り続けた。

この3年間の間に離婚が成立した。

彼の枕元には奥さんと子どもたちの写真が今でも飾られている。

そして目覚めた。

私たちの目の前に起きる現象には必ず、原因がある。

T君の場合は、年若い奥さんにたくさん収入がほしいといわれたそうである。

それは、幸せに生活するための大切な手段である。

小さな子ども(赤ちゃん)二人を豊かにするための若い二人がとった手段である。

奥さんは子育てに追われ、T君の食事の支度をほとんどしなかったそうである。

外食(弁当)がほとんどであったT君。

外食は気分を変えるためにはとてもよい方法である。

しかし、これが3食となるとどうであろうか。

塩分過多になり、栄養のバランスもうまくとれなくなる。

彼の体は悲鳴をあげていたのだ。

私たちは睡眠、食事、呼吸が整って生きている。

このうち二つが整っていなかった。

誰でもが豊かになり、幸せな生活を営みたい。

この時、少しの時間でいいから自分の体と対話してもらいたい。

この時、少しの時間でいいから家族、周りの人の状態と対話してもらいたい。

必ず、発信している。

それを受信する心を持ってもらいたい。

体は私たちの魂を最後まで優しく受け止めてくれる優しい存在である。

その体に心のほうも優しく接してあげる時間を持とう。

彼の家からの帰宅中に空を見上げた。

雲がまるで不死鳥が翼を大きく広げ、彼の新しいチャレンジを祝福しているように見えた。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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夏の風

大磯から二宮(落花生で有名)を抜け、小田原の方まで足を伸ばした。

二宮は長寿の町。

90歳を過ぎてもしゃかしゃか元気に歩いている方がたくさんいらっしゃる。

大磯、二宮は国道1号線が走っている。

二宮のおばあちゃんの話を思いだす。

「私の父親はね、魚屋だったんだよ。二宮から魚の入った桶を担いで小田原まで歩いていったんだ。

途中、松林の中から山賊が出てきて魚をとられたんだと。」

なんとも懐かしい話である。

大磯、二宮付近の1号線には松の木が滄浪閣(旧伊藤博文邸・大磯)の辺りに少し残っているだけになり、その松の木の保存も難しくなっている。

小田原に入り、30代の青年の家にお伺いした。

彼は10年ほど前に過労から倒れ、左側頭部に大量出血をし、手術をした方だ。

昼間も夜間も働いていたために起きたものだ。

脳の一部を切除したため、外傷性の癲癇を併発している。

3年ほど、意識障害が見られたが、今では好きな音楽を聴いたり、好きなこと嫌なことを表出することができるようになってきた。

また、リハビリの先生のおかげで立位も保てるようになってきた。

非常に安定し、さまざまなことができるようになってきたところである。

しかしながら、癲癇の発作は季節の変わり目が注意を要する。

低気圧や台風が接近してくると、私たちが眩暈などの症状を呈するのと同じように癲癇もおきやすくなる。。

彼も今回の夏の変わり目に発作を頻発した。

癲癇の薬はマックスまで使用している。
(薬はひとりひとり分量が違う。うまくあえば、癲癇は抑えられ5年間発作がなければ薬を飲まなくてもよくなる場合もある。)

彼の場合は違う薬に変更する時期がやってきた。

彼のお母さんは還暦を迎えるがとても元気な方である。

しかし今回は頭痛で、○ンケルを飲んで踏ん張っていると話してくれた。

彼の投薬のチェンジについて考えすぎてしまったとのこと。

薬のチェンジでまた彼が寝てしまう頻度が多くなるからだ。

彼は手術後、目が見えなくなった。

それでも今回のオリンピックでは彼も一緒に参加させたいというお母さんの希望で、彼が拍手できるように試みた。

不自由な左手が動きだし、拍手することができるようになった矢先のことである。

お母さんが裏の畑でなったきゅうりをくれた。

太陽の光を浴びてキラキラ光った元気なきゅうりである。

彼の新たなるチャレンジがこれから始まる。

彼は何度も生まれ変わる。

彼の部屋にきゅうりのなっている畑から風が吹き込んだ。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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健康診断とチャクラ

昨日の午前中、病院に1年に1度の検診にいった。

検診はあまり好きではない。
(好きな人はそういないか・・。)

まずは血液検査。

う~ん。こんなに血をとるのか~・・。

私の番が終わり、次にサラリーマン風の方が何気ない顔でその場所へ。

彼の第7チャクラ(クラウンチャクラ・サハスラーラチャクラ・頭頂部のチャクラ・ツボ)は美しく綺麗に山のような形をしている。

しかし!!

針が刺さった瞬間、彼の第7チャクラに変化が生じた。

三角錐が逆の形をした状態になり、その回転は左まわり!!

自分にとって不要なものを排出しているのがわかった。

彼も注射は好きではないよね。

普通の顔をしてるけど嫌だったんだ。

次に私が向かったのはレントゲン。

これは前回の検診の時もそうだったが、X線がくるのがわかる。

この時、私の見えない身体は早めに横に退避。

すこしでも、被爆の量を減らすためなんだね。

と理解できた。

私たちの見える体と見えない体はとてもうまく共存している。

あまりよくない状態になるとチャクラは微妙に位置をずらしてその場から逃げるのである。

何故、チャクラのバランスを整えていく必要があるのか。

チャクラがそれぞれの場所で右回りに回転していくことで健康が保たれるからである。

どこかに病気が生じるとその場所に近いチャクラは横にずれていく。

通常はもとの位置に戻るが、慢性的に病気が一定の場所にあるとそれに対応するチャクラがずれたままになり、他のチャクラも影響を受け始める。

チャクラを元の位置に戻していくことで病気もよい方向に向かう。

健康診断の後はワークがあった。

ワークの中で胸のチャクラを使って遊んでみた。

胸のチャクラによくない言葉をかけると一瞬のうちに回転は右から左になりいらないエネルギーを排出しはじめるとともに横にずれる。

次によい言葉をかけるとチャクラは回転を戻し、元の位置に戻る。

私たちのエネルギーシステムは本当にうまくできている。

(地球上ではエネルギーを吸収する時は右回転。宇宙では左回転といわれている。)

さあ、今日もたくさんのよい言葉・想いを胸に元気に笑顔で歩いていこう♪
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チャクラを整えて元気に過ごす

私たちはエネルギーです。

とても唐突に感じられるかもしれませんが、肉体だけではそこに躍動するものがみられません。

テレビがあります。

テレビがあっても電源(エネルギー)をいれなければ、つきません。

そして、放送局(ソフト・見えない身体。メンタル体やアストラル体など)がなければ受信して放送を見ることができません。

私たち人間も同じような原理でできています。

私たちには七つの大きなチャクラ(ツボ)があります。

このチャクラは微細なエネルギーの渦です。

まるで銀河のように回転しながら動いています。

このチャクラが正常に回転している時、私たちは心身ともに健康に過ごすことができます。

チャクラが目に見えるのは第6チャクラ(眉間)が開いた時、見ることができるかもしれません。

通常は体の中をレントゲンでとっても見ることはできません。

七つのチャクラは「輪」「円」という意味です。

そして各チャクラは虹の色と音に対応しています。

第1チャクラ(赤)(お)→(橙)(う)→(黄)(あ)→(緑)(え)→(青)(い)→(紫)(む)→(白)(ん)

色と音には波動があります。

波長といったほうが分かりやすいでしょうか。

それぞれのチャクラがその響きに共鳴しています。

第1チャクラは生命のチャクラです。(大地に繋がるチャクラ)

このチャクラは赤に対応します。

還暦を迎えると赤い下着をつける習慣がありますが、実によくこのシステムを理解していると思います。

また、下着類は優しい色をつけたほうがよいといわれています。

色が各チャクラに影響を与えるからです。

チャクラは肉体だけにあるのではなく、私たちのまわりの見えない体にも存在しています。

空間をよい状態に整えていくことで、チャクラも安定しやすくなっていきます。

(部屋を整理する。お香をたく(アロマグッズでOK)。心地よい音楽をかける(ヘビメタ系はどうやらさけた方がよさそうです。))

空間をよい状態に整えるという作業は、心が落ち着いてないとなかなかできないもの。

この逆をいきます。

心が落ち着かないから空間を整理していくのです。

この時、いるものといらないものを整理していきます。

心の中のいらないものも処理されていきます。

ごちゃごちゃの中でお香や心地よい音楽をかけても気分がはれませんよね。

一緒に片づけをはじめましょう。

チャクラシステムはさまざまな場面で、活性化していきます。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

(笑顔はね、福を呼び込みます。笑う門には福来る。本当ですよ!!)

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送り火

16日の昨日は彼岸へと先祖を送り火と一緒に見送った。

大磯に引っ越してからいくつか知ったことがある。

なすときゅうりに固くゆでた蕎麦で手綱をつける。

精霊棚に、赤い豆の入ったご飯(赤飯)をお結びにして弁当にする。

見送る日には団子を備えお土産にする。

お支度を習うごとになんだかご先祖とピクニックしているような気分になった。

長野の実家では提灯で迎えにいくので、迎え火も送り火もたく習慣がなかった。

今回、迎えに行ったものの送ることができないので送り火で見送る。

暑い夏の日、朝晩が涼しく感じられる。

ゆっくりと天に煙が昇っていく。

天にいるご先祖の幸せを祈る心はとても美しい。

ご先祖の天での幸せを祈る。

ご先祖の未来にまで心をはせる人の心。

大切にしていきたいものである。

お釈迦様は「親を思う心」「子を思う心」「家族を思う心」「すべてのものを思う心」を説かれた。

『無我』という普遍の愛である。

自分さえよければいいというエゴ・我をすてることが本当の人の心であることを説かれた。

仏教の悟りは「大いなる宇宙・自然が私たちの体の中にもある」そしてそれが「大いなる命」であるということ。

密教では「大いなる命」を大日如来と呼ぶ。

大日如来「大いなる命」はすべてのものの中にある。

「大いなる命」をいただいている私たちは「命」を大切に、一瞬一瞬を大切に生きていくことが大事である。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

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触れるということ 2

私たちはこの世界に産まれてくる時、とても不安を感じるそうです。

今までお母さんのお腹の中で羊水に抱きしめられて安心感に包まれていました。

それが月が満ち、押し出されて初めて自分で呼吸をしなければならない事態になるのです。

最初の自立・・になるのでしょう。

赤ちゃんは、母親に抱きしめられた時に再び安心感を取り戻します。

抱っこされた赤ちゃんをそっとベッドに寝かせた途端、また泣き出す。

赤ちゃんはとても敏感です。

母親はまた赤ちゃんを抱っこします。

今はベビーマッサージというものもあります。(リンク先のミラクルエンジェルさんを参考にされるとよいと思います。)

この時、マッサージする母親も赤ちゃんもお互いにリラックスするホルモンが出て産後の不安定な母親も一緒に癒されていきます。

触れる・触れ合うということは私たちにとってとても大事なことだと思います。

小学生だった頃、冬になるとみんなで校庭に走っていき、汗をかくほど、おしくら饅頭をして暖をとりました。

心も体もホッカホカになりました。

今は暖房器具のスイッチを入れて暖をとるようになりました。

とても暖かいけど心は子どもの頃のようになかなかあったかくなりません。

そして、人に触られることを拒否する場合さえ出てきます。

自分が自分を触れることさえ拒否することもあります。

さまざまな人生を過ごしていくうちにたくさんの壁を自分のまわりに作り、自分を防御しているのです。

これも生きていくための手段です。

しかし、それが積み重なっていくうちにすべてのことに壁を作ってしまいます。

どれを受け入れどれを拒否したらいいかわからなくなってしまうのです。

花粉症も同じですね。

なにに対して拒否するかわからなくなり、拒否しなくてよいものまで拒否してしまう。

肩が凝りすぎるとそれが分からなくなる。

疲れているという感覚も麻痺してしまう。(アドレナリンが異常に放出しているとこのような状態になります。)

自分の体の信号を見失ってしまうのです。

「『人』この字は人と人が寄り添ってるんだよ」と小学生の頃の先生に習った記憶があります。

人は心と体ともに触れ合うことにより、優しさや本当の暖かさを感じるのではないでしょうか。

不安、疑心暗鬼、恨み、辛み、嫉み・・・・さまざまなことがあって触れ合うことに臆病になったのかもしれません。

それでも、次のステップを踏み出す時期がきました。

ゆっくり、そっと一歩をふみだしましょう。

そうすると、ロケーションが変わってきます。

すべてが優しさに変わってきます。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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触れるということ

みなさんは触れるという言葉にどんな感覚をもつでしょう。

「触れる」もしくは「触られる」

他から触られる、他を触るということに私たちは敏感に反応します。

触れるということに限定せずに考えてみても、すべての外界のものに敏感に反応します。

我が家にちびすけのフレンチブル君がいます。

彼は6ヶ月の間、ショーウインドウの中で生活していたので見るものすべてが新しく未経験のものだらけです。

社会経験が乏しいため、骨の形をした牛革さえはじめのうちは吠えてから やっとのことでそれが自分のとって有益であると認知します。

また、自分の住んでいる居間から別の部屋へ入ることを随分長い間できずにいました。

知らない場所は不安や恐怖心でいっぱいになってしまうんですね。

このようなことは私たちも体験したことがあると思います。

私の知ってるお子さんの中に染色体異常により場面適応が非常に難しい方がいらっしゃいました。
(私たちはXYという染色体によって遺伝情報が伝わっています。染色体異常はダウン症がよく知られていますが、他にもたくさんの染色体異常があります。)

学校にきてもH君は親御さんが乗せてきてくれた車の中から出られず、数ヶ月を車の中で授業を受けました。

教室の中まで入ってこれるようになってからも他の教室への移動が非常に困難でした。

16歳だったH君は現在30歳になり、作業所でクッキーを作り笑顔で色々なお店にクッキーを運べるようになっています。
(作業所は障害を持った方が自分のできる力を伸ばし、社会へ参加する機会を広げる場所です。そのほかに施設や特例子会社、授産所というものがありますが現在運営が厳しくなり作業所はNPO法人として運営を展開するところが多くなってきました。)

このように私たちの遺伝子の中に場に適応するとか、対人関係をスムースに適応するなども組み込まれています。

であるならば、みなスムースに異常がなければ行えるはずなのに そううまくはいきません。

大なり小なり新しいことに不安を感じたり、苦手な分野があります。

H君は20年以上の歳月をかけて社会参加をスムーズにできるようになりました。

H君は人に触られる、手を握ることも難しいお子さんでした。

笑顔どころではなく顔はいつもひきつっていましたが、彼の大好きなもの(日本昔話)から次第に安心感を得、そして人にも心を預けられるようになってきました。

私たちも同じ質を持っています。

明日は触れる・・ということをもう少しお話ししたいと思います。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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薔薇の記憶

大学を卒業したばかりの頃、画家を目指してしばらくの間 東京で個展を開いていた。

同級生が早くも神田で画廊を開き、そこを利用させてもらっていた。

その画廊でW大学の学生さんがアルバイトをしていた。

私の絵は当時、花が中心だったので花の話を学生さんとした。

学:「デジャビュって知ってますか?」

私:「知らない??」

学:「既視感というもので、行ったことない場所なのにすべて知ってるとか、初めてあった人なのに懐かしいとかね。」

私:「へえ~。知らない知らない。」

学:「この宇宙はね、エネルギーの法則でできているんですよ。宇宙の相対質量は常に変わらない。

常に一定に保存されているんですよ。

小石一個、砂粒一粒なくなっても宇宙はバランスを崩すんです。

私たちがこの世から消えてもその質量は変化しないんです。

私たちも循環している。

ほら、ここに薔薇の花があるでしょう!!

もしかしたら、私たちはこの薔薇の花だったかもしれないんです。

そして、今のあなたの中に薔薇の記憶、薔薇の体験したことがあなたの体に入っているかもしれませんよ。」

私:「ほ~っ」

当時の私はエネルギーも何もわからない状態だったので、この話に惹かれはしたが実際のところよく理解できなかった。

だんだん、さまざまなことを体験してエネルギーの動きや質量について興味を持ち始めた。

実際、過去生も見るようになってからいよいよ薔薇の記憶についてとても大事な言葉をもらったことに気が付いた。

星々も人も物もすべてのものが、なにかひとつでも欠けていれば不具合、不調和を起こす。

宇宙の法則は私たち人間の中にも存在する。

私たち人間は完全な自分を知っているから調和バランスを求めて生きているのかもしれない。

私の中に、薔薇の記憶が入っているのだろうか。

お盆を迎え、天空へと想いをはせる。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

(昨日、我が家ではきゅうりとなすに足をつけたりお供物を供えたりとお迎えの準備をしました。

しばしの間、父母と一緒の時間です。)
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暑い日

小田原という町まで出かけた。

小田原の町まで行く間に、田畑が広がる。

風が走ると まだ青い稲の葉が まるで猫バス(トトロに出てくるバス)が走り抜けているように軌跡ができる。

車を止めてしばしのんびりタイム。

次第に空が紫色に染まってくる。

空には光が輝き始めて何度もフラッシュ☆

光が上にスッと昇ってまた違うところに光始める。

こんな時は瞑想タイム☆

ゆっくり呼吸をして意識を空に合わせていく。

チャクラをひとつひとつ整えて天空のチャクラへと意識を合わせる。

すると七色の長い尾を持つ鳳凰が上へ上へと昇っていくのが見えた。

なんともいえない至福の時間をいただいてまた青空に戻ってくる。

小田原での用事を済ませ、さあ車まで戻ろうとしたとき、4人のおばあさんたちが石の上に座って話し込んでいた。

夕飯までの楽しいひとときである。

通り抜けようとした瞬間、その中のひとりが真後ろに突然倒れた。

意識が朦朧としていて顔も青い。

周りのおばあさんたちは大慌てで、その方をひっぱろうとしたり立ち上がらせようと必死である。

自分たちでは不安なのか、何人もの人を呼ぼうとするがみな遠くから見ているだけである。

脳に障害が起きていた場合、動かすのは危険である。

動かさないように伝えても皆パニック状態になり、聞き入れない。

その方の足がもつれて道路にへたり込む。

その方の家族が夜遅くでないと戻らないことを聞き、救急車を呼んだ。

家に戻り、その方のご無事を祈るとともに今日の出来事を振り返った。

出会うことに偶然はないという。

では、おばあさんたちにであったことは?

必要なことと必要でないことを瞬時に判断する力、自分が今、何をしなければいけないのか冷静に判断する力だろうか。

ひとりのおばあさんはご自分の家が目の前であったが、救急車、救急車といってクルクルまわりを回って電話をかけにいくことができなかった。

もうひとりのおばあさんはたくさんの方に声をかけることに夢中になったいた。

声を掛けられた方々は遠まわしに見ていた。

人ってなんだろう。

心の中をスッと風が通り抜けた。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

(脳に障害をきたしている疑いがある場合は安静にして寝かせておくのが重要です。無意識で歩いてしまう場合は抑える必要も生じます。呼吸の確保(嘔吐物などでつまらないようにする)も必要です。この時期、脱水もおきやすく、お年寄りや小さいお子さんは喉が渇いたと思ったときには遅い場合もあります。こまめに水分を補給するようにしましょう。)
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龍と鳳凰

最近、龍との縁が多い。

そういえば、3年前に岩手の遠野に旅行に出かけたことがある。

岩手は母親の田舎である。

遠野で1冊の本と出会った。

言葉のルーツの本である。

岩手の言葉はチベットからきているそうである。

チベットにはクンルン山脈がありそこには古くから龍の教えがある。

クンダリーニエネルギー(背骨を通るエネルギー)蛇や龍のエネルギーと言われている。

日本の形も龍の形と一緒である。

鳳凰とも縁ができはじめている。

尊敬する方の危篤状態のときに鳳凰の形をしたマークに何度も遭遇した。

鳳凰と不死鳥は同一視されることが多い。

不死鳥はエジプトを紀元とするが同じなのかもしれない。

龍と鳳凰。

これは陰陽のバランスである。

龍は男性。

鳳凰は女性。

天と地のバランス。

そして私たち人。

天地人。

これが合一することが和である。

昨日ヒーリングさせていただいた方の胸に若い鳳凰がゆっくりと回転しているのが始めてみえた。

その方は龍もそばに置いていらっしゃる。

鳳凰が成長した時、その方の陰陽のバランスが整い天地人として仕事が始まるのが直感として入ってきた。

龍と鳳凰が表すのは夫婦円満。

そして子どもをなし、家庭が円満になる。

この小さいけれど大きな営みが地球規模に広がっていくとよい。

不死鳥は自分の寿命がくると自ら火の中に入り、そしてまた生まれてくる。

これはすべてのものこと人が再生することができることを意味しているのではないだろうか。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

私たちには無限の可能性がある。

不死鳥のように何度も何度も生まれかわろう。

私たちには無限の力が隠されているのだ。
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言霊、音霊そして心

信州に入る。

更埴というインターを降りると気温は34度。

ん~!!暑い。

しかし風は湿気が少なく 日陰に行けば過ごしやすい。

かまや剪定ばさみ、熊手を持参してお墓の掃除をする。

寺は桔梗の寺と呼ばれているところ。

桔梗の花とりんごの樹がお寺を彩っている。

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山門をくぐると、多羅葉の樹があった。

葉の裏に字が書ける葉っぱだそうだ。

インドで多羅樹を使って経文を書いていたのにちなんでこの多羅葉の樹が寺院に多く植えられていると書かれていた。

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だから、葉書きというのかしらと思った。

写真を撮ったら、樹の隙間から紫色の空が見える。

インドの空と同じ色かなあ。

この日は、村中の新盆を迎えた人と三回忌、七回忌、十三回忌を迎えた人のための合同法要が行われた。

お坊様たちが総勢11名という大きな法要である。

前回同様、お寺の中はにぎやかである。

目に見える人々は静かなのだが。

法要が始まると鈴、鐘、太鼓が響き渡り堂内が静まりかえりはじめる。

太鼓は写真のもの。

腹には龍の絵が描いてある。

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この寺は曹洞宗であるが、その作法に則って11名のお坊様が美しく動きはじめる。

五体投地や経文を読みながら、作法がすすんでいく。

堂内のエネルギーが優しく浄化していくのが感じられた。

私の母の供養が始まると紫の光が見えてきた。

随分と美しくなっっている。

作法が終わり、おときになった。

おときとは皆で食事をいただくことをいう。

その時、正面に白い光が二つ並んでいた。

連れ合いに

「ばあちゃん来てるよ。あとおじさんも。」

連れ合いにも見え、ウーロン茶でその光に乾杯をする。

昔からの慣わしで法要が営まれているように思っているが、とての大切なことであるのがわかる。

経文や鈴や鐘の音など、この力に秘められているものはすごい。

今でこそ、言霊や音霊としてよい言葉、よい音楽に注目が集まっているが先達はずっと昔から知っていたのだろう。

経を聞いていると頭頂部から背骨へエネルギーが入ってくるのを感じる。

生きている私たちにもこのエネルギーはものすごい力を持つ。

経のリズムや音が骨までしみこんでくる。

個々の魂が浄化されて、手に手に五色の紙垂(しで)のついた竹を持って家々に魂を連れて帰る。

信州戸倉の盆が始まった。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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思春期

我が家の息子と娘が思春期の頃、さまざまなことに遭遇した。

もとからさまざまなものが見える子ども達だった。

今はクリスタル・チルドレンと呼ばれる子どもたちが生まれれてきているが、彼らが生まれた頃はニューチャイルドと呼ばれていた。

新しい子どもたち。

兄ちゃんは小学2年生の頃、

「昨日は守護霊さんが抱っこして寝てくれたから怖く無かったよ!」

娘は小学3年生の頃、

「あのね、生まれて来る前ね、雲の上にいてね・・・、」

こっちは、ひやひやものである。

兄ちゃんの見える力は幽霊さんが多かった。

小学校の修学旅行では

「つまらなかったよ。嫌だったよ。華厳の滝なんかさ、たくさん見えるんだよ。よくみんな写真とれるよね。僕ともう一人は離れてたよ。」

おいおい、勘弁してほしい。

私は彼らに幽霊さんは幽界で暮らす方々でまだこの世に執着のある方が暮らすところなので、その上の霊界の方、もしくは光をみるようにしなさいと伝えた。

光もオレンジやレッドはまだ未浄化の方でもちろん、黒は論外であることを伝えた。

金色や白、紫、青、緑にしようと伝えた。

子どもの彼らは非常に素直にこれを聞き入れて、高次元の光のみとアクセスするようになった。

しかしながら、思春期という非常に微妙な年頃になり、勝手になんでも見えるようになってしまう。

心がバランスを失うと第6や第7のチャクラ(眉間と頭頂部のツボ)が横にずれてしまうようである。

娘などはかなりきつい次元に入り込んでしまった。

進学や友だち関係、自分の将来について思い悩むと自分の存在価値が揺らいでしまう。

そうなると、第1や第2チャクラ(会陰と下腹部のツボ)が閉じてしまう。

人の生き死にや、未来のことまで見えてしまうようになり、体も電磁波に敏感に反応しはじめ、バスの自動ドアのそばに行くだけで呼吸困難になってしまう。

アレルギーも究極になってしまった。

彼女を救ったのは父親から買ってもらった一本のサックスだった。

サックスを高校で吹くようになり、呼吸が安定してきたのだ。

そこから、吹奏楽部をたちあげたり、生徒会での活動がはじまった。

目標が定まると彼女の健康はもとに戻り、生き生きとした人生を歩き始めた。

息子の場合は、進学の際、自分で進路を決断した。

デザインの仕事を選んだ。

苦難の道である。

親としては、無難な道を歩かせたかったが彼の決意を優先させた。

思春期は見える見えないに関わらず非常に敏感な時代である。

娘の例をあげてみても、呼吸が非常に浅く不安ですべてに行き詰まりを感じると喉で呼吸をしている。

当たり前のことである。

第4チャクラ(胸のツボ)にブロックが生じ、胸や下腹部にまで深呼吸ができなくなってしまうのだ。

サックスという呼吸を使っての楽器が功を奏した。

息子の場合は、親のコントロールをはずして自分の目的を見つけることで思春期を乗り越えることができた。

この時期がよくない時期なのかというとそんなことはない。

悩んで悩んでそして乗り越えた時、その時代の素晴らしさが理解できる。

トンネルは必ず抜ける。

人生には何度もトンネルにめぐり合う。

そのトンネルは抜けるものである。

トンネルの先には青い空がある。

その青い空に向かってうまくハンドルを操作してほしい。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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信州

信州へ向かう車の中で、面白いことに気がついた。

今の車にはどれくらいの消費燃料がかかるかが表示される。

中央道の右手に八ヶ岳がみえはじめる。

この辺は坂道である。

坂道は車にとってみるとストレスなのだろう。(擬人化が正しいかどうかはわからない)

ガソリンの消費が激しい。

小さな車が横をすり抜けていく。

その車には一人しか乗っていない。

こちらは体重の○い私を含め、連れ合いと10キロ弱の犬二匹を乗せている。

重さも車にとってはストレスか。

世の中はすべて同じ原理が働いているのかしらと車の中でボーッと考える。

空には雲。

仏像のような形になり、両側に縦に虹があがる。

面白い。

雷がなりはじめた。

入道雲が次第に形を変えていく。

信州につき、義母に会う。

相変わらず『注文の多い料理店』である。

注文の多さに私はストレスを感じるが、彼女にしてみると自分のストレスを軽減するための手立てであることがわかる。

自分でも動けるが動くと疲れる。

しかし、微妙な位置によって椅子にしっくり座れない。

自分の安定する位置まで数ミリとて譲れない。

介護スタッフの方との攻防が続く。

介護スタッフの方が

「夜中も一時間ごとなんですよ~」

と言われた。

義母が反論する。

昔はこのやりとりに私もイライラしたが、今は両方の言い分がよくわかる。

人は面白い。

必ず誰しもが年をとる。

人の手を借りなくても自由に活動できていたはずなのにそれが難しくなる。

さまざまなストレスの中でそれでも一番ストレスのない形をとろうと知らない間に手立てをとっていく。

義母の行動、言動が可愛く思えた。

私も年をとったかなあ~。

今日は母の七回忌。

早めに起きて法要の始まる前にお墓の掃除だ。

長野も暑い。

手拭いと麦わら帽子が必携だ!

さあ、今日も元気に歩いていこう♪

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日向薬師

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日向薬師に行ってきた。

前の職場の仲間としばし楽しい時間を持つ。

写真は厚木の七沢にあるZUNDBARという美味しいラーメンやさん。

行列がであきることもあるラーメンやさんである。

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この写真は日向薬師。

ご開帳は1月1~3日までと4月15日である。
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龍の手水口で清めてから参拝する。

一緒に行った仲間も定年をすぎ、禅の本を読み出したそうである。

この1日は人生の過ごし方について話がすすんだ。

毎日を一生懸命生きること。

これが一番大切なことだと思う。

チーム・ティーチングというのが昔の仕事先では必須だった。

今はすべてのものとチーム・ティーチングを組むことが必須である。

言うことは簡単だが、実行していくのは大変である。

そのすべて受け入れてすべてのものとチーム・ティーチングを組む。

すべての人、物、ことを信頼しなければこのチーム・ティーチングは成功しない。

さまざまな個がある。

その個ひとつひとつがさまざまなベクトル(方向性)を持っている。

それを侵害せず、日々淡々と生活していくことが重要である。

ひとりひとりの本来持っている美しい魂を信頼していくことが重要である。

さまざまな行動、言動により私たちの心は波立つ。

その行動、言動が起きた原因を心を落ち着かせ見ていくと理解でき、心は凪の状態に戻る。

彼が言うには、禅の本の中にさまざまな事象が起きても心が騒がない方法が書かれていてこれが生きていくときに非常に役立つという。

彼はとても信望の厚い人である。

今でも若い人たちを含め、多くの相談にくるという。

その時に 禅の話は効果をなすそうだ。

そして、若い人たちが自分で考える場を提供し、自分で乗り越えていくように話をすすめていく。

熟知した知恵を若者に伝えていき、そして自分で考える力をひとりひとりが持ち始めるのをみていくのが楽しいという。

大人の時間を有効に楽しんでいる彼をそしてすべての人の自立していく姿を日向薬師も静かに見守っているように感じた。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

今日から信州入り!

パグとフレンチブルの二匹も一緒です。

信州は涼しいかなあ??
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無言館

信州の塩田平に信濃デッサン館の分室である無言館という美術館がある。

無言館の形は十字架の形をしている。

その中には戦没画学生の絵が本当に静かに飾られている。

戦争という抵抗できないものによって、目的を果たせなかった若者たちの作品に心が打たれる。

作品のどれを見ても本当に完成度が高く、これがまだ学生さんたちの作品であろうかと驚く。

信州に足を伸ばすことがあったら、立ち寄ってみて欲しい。

彼らの絵を見たあなたはどう感じるだろうか。

彼らは夢見る若者であった。

どんなに閉ざされた未来であっても、最後まで絵筆を離さずに戦場で描けるものにはなんでも描いた。

水筒や皿にまで描いていた。

彼らは誰かと比べるために描いていたのではない。

燃え滾る絵を描きたいという欲求によって描いている。

だから、すべての絵が迫力がある。

ひけらかそうなどという意識もなくひたすら描き続けた。

戦地で病に罹ったり、栄養失調で倒れても絵を描き続けた。

みな、生きようと最後まであきらめなかった。

ここには命の証がある。

人生の旅は決して長くはないが さりとて短くもない。

旅の中には苦しいこともたくさんある。

挫折したくなる時もある。

そんな時、無言館を思い出して欲しい。

生きるという原点に出会えるかもしれない。


8月6日は広島原爆投下の日。

8月9日は長崎原爆投下の日。

暑い夏は忘れてしまいそうな記憶を思い出させる。



私は今週末、信州入りをする。

信州の先人たちにまた会いに行く時期になった。

信州の盆は提灯を持ってお迎えに行く。

弟の子が提灯を持つ役目だ。

彼は面白い子である。

「あっ。今、おじいちゃんが来たよ。提灯が重くなった。おじいちゃん、一緒に帰ろう。」

しばらくすると彼がまた口を開く。

「○○(彼の名前)、アイウエオぐらいは覚えなさいだって・・。やだなあ。」

お盆はもうすぐである。


さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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画家の心

私の好きな画家に加山又造という方がいる。

その方は若い頃、戦争の時分に醤油を一升飲んで体を壊して兵役を免れたという。

彼は小さな科学者である。

小さな体で色々な手法で日本画の頂点にたたれていらっっしゃった。

金箔に硫黄を振りかけて黒い川を作ったり、シルクスクリーンを導入したり、金箔をアイロンで二枚重ねにしたりと、アイデアに富んでいらっっしゃった。

後年、体を壊されて酸素ボンベを傍らにおいて鼻から酸素を吸入しながら久遠寺の天井に『黒龍』を完成させた。

また横山操という画家がいる。

蒲原平原を描いた作家である。

絵の具が無い時は煤煙を墨の変わりに使用した。

炎の画家と呼ばれた彼は大変酒好きで、学生にも酒をよく振舞っていたが脳梗塞により右手が麻痺して左手で絵を描き続けた。

彼らの描く絵の前に立つと、自然に涙がこぼれてくる。

何故だろうか。

彼らの絵は魂の叫びなのである。

彼らの生き様そのものなのである。

高山辰夫という画家がいっていた言葉。

「普遍的な命、これは宇宙のリズムである。ゆるやかな呼吸の中に存在している。私はすべての人にある共通のものを知りたくて描いてきたのかもしれない。」

この言葉の中に生きていくことの素晴らしさや本当の心が入っているように思う。

画家たちの心を突き動かすもの。

それは真理なのだろう。

そしてそれは宇宙の彼方へと意識が広がっていき、普遍というものに繋がっていくのだろう。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪

大磯の朝は少し涼しく、陽は暑いけどさらっとしています。

体調に充分留意して今日もいってらっしゃ~い!!
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お盆の前に

8月に入り、あちらこちらで盆踊りの準備が始まっている。

花火大会も繰り広げられ、夏の夜空を色鮮やかに染めている。

親しい友人からオーラソーマのボトルが送られてきた。

その中の白いボトルを使ってオーラを浄化する。

疲れたオーラがクリアになりまた目覚める。

このボトルをティーチャーのみんなと分かち合った。

一人のティーチャーがサイキック・ゲートの浄化が不充分で寒気で全身が凍り付いてしまった。

もう一度トライしてもらって浄化を完了した。

頬に暖かみが戻った。

ご先祖が来ていたのだ。

話を聞いてみると、何年かおまいりに行っていないという。

ご主人は7男坊ということでお家に仏壇もないそうである。

写真を飾ってるわけでもなく、何もしていないそうである。

仏壇をあえてしつらえる必要はないが、常にご先祖に感謝して日々過ごす心が大切であるという話になった。

私たちは先祖の代表選手である。

まずは自分を大切にすること。

これが先祖供養の一番であると考える。

さまざまな歴史の中でさまざまな荒波を乗り越えて今の私たちを産んでくださったというこの素晴らしい奇跡に感謝していくことが供養になるだろうと考える。

今年の夏はそのティーチャーもお墓参りに行くと話されていた。

昨日は近くのお婆ちゃんちに久しぶりに会いに行った。

彼女のご主人の話になった。

50代で天に戻られたそうである。

彼の功績を彼女が嬉しそうに話す。

彼女のすぐ後ろで金色の光が大きく光った。

ご主人である。

もう天に還られてから30年以上経つ彼は光に戻られていらっしゃった。

彼女を守っていらっしゃるのが感じとれた。

お盆が近づくと周りがにぎやかになってくる。

空の上も電車が満員かも知れない。

さあ、今日も自分が生かされているこの奇跡に感謝して元気に笑顔で歩いていこう♪
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第1チャクラからのメッセージ

第1チャクラ(根のチャクラは性器と肛門の間の会陰である)は地に足をつけて生きていく場所である。

私たちが 時折なにも原因がないのに不安に脅えるのはなぜだろうか。

これは魂の叫びなのだ。

今世に関していえば 子宮という守られた場所から外界へとはなたれて個という存在になり自由に旅をしはじめたところから その不安が生じはじめる。

前世があるということを前提に話をすれば 長い旅の間に生じた傷も関与してくるし 肉体を持つまでの間の愛に満ちた場所から離れたことも関係していると考えられる。

これは 社会も同じ現象が起きている。

政治家をみてみよう。

国の一番上に立てばたつほど さまざまな規制、制約を作り始める。

過去においては 自分の作った掟を破らず忠実なものには褒賞を与え、破って氾濫をおこすものには制裁を与えてきた。

これは会社でも同じことが起きている。

同じことが個人ひとりひとりにも起きてくるのだ。

所属意識が強くそれが拒否されると 自分は排他されているとか見捨てられるとか独りぼっちであるという感情を持ってしまうのである。

実は誰しもがすべてひとつ(もともとは星もすべてのものがひとつ)であるのだ。

それを忘れて私たちはこの肉体を持って生まれてくる。

すべてのチャクラ(大きくは7つのツボ)が統合され 肉体と精神が結ばれた時にこのことを思い出すのだが さまざまな場所でブロック(障害)がかかる、。

それにより生きていくのに困難が生じる。

①うまくいかなかったらどうしよう

②私にはそんな力はないかもしれない

③私がうまくいくはずがない

④支配(他者をコントロール)せずにはいられない
      ※これは親子関係によくみられる

⑤裸になることが怖い(自分の心)

⑥力があるのを隠す(本来の力をだすことにより責任などが生じてくるのが怖い)

上記のようなことは誰にもあることです。

私も経験してるし今も取り組んでいます。

毎日がレッスンです。

このような場合、肩に力が入っている。

顎もぎゅっとかみ締めている。

☆リラックスしてゆっくり呼吸を始めよう。

生活の中にすべてが隠されている。

食事、睡眠、笑い、信じあい、愛する(与える愛、奪う愛ではない)。

大地を感じながら歩く。(一歩一歩地球からの愛を感じながら歩いてみよう。

地球は踏まれても蹴られても大きな愛で私たちを支え礎になってくれている。

☆自分の癖をみつけたら 内省してそれを修正してみよう。

☆自分を傷つけるのをやめてみよう(こうしなきゃあ やってこれなかったんだね。頑張ってたんだねと優しくだきしめてあげよう)

☆下丹田(第2チャクラ・下腹部)に手をあてて 意識を下丹田に集中してみよう。
(頭で考えるより 腹で考えたほうがよい結果がでる。)

さあ、今日も関東は暑くて蒸しているけど 意識を下腹部に落として元気に笑顔で歩いていこう♪
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チャクラを整える

頭頂部のチャクラが開き始めると たくさんの情報が入ってくるようになる。

頭頂部のチャクラが開くと 眉間のチャクラも影響されて活性化してくるのだ。

これは多くの精神世界に携わってる人が経験をしている。

オーラが見えるとか メッセージを受け取るとか・・・。

この時、開きすぎていて混乱してしまう場合がある。

よく 上半身のチャクラだけが開いている人を見かける。

上半身のチャクラは精神性のチャクラである。

下半身のチャクラが開いていないと 違う世界に引きずりこまれてしまう。

下半身のチャクラは地球に根付くチャクラである。

第1チャクラ(根のチャクラ)は生命のチャクラである。

このチャクラを通って私たちは地上に誕生してくる。

生命の基盤であるこのチャクラが閉じてしまっていると 地に足がついていないので不安になり 頭頂部のチャクラの情報をうまくコントロールできなくなってしまう。

情報の中には肯定的な情報と 否定的な情報がある。

それを処理する能力を有すると チャネラーとして開花していくのである。

否定的な情報は命令的なもので 不快を生じる。

この時、第1チャクラが安定しているとそれを処理していくことができる。

第1チャクラが閉じているとその処理能力が減退し、否定的な言葉や見えるものの言う通りになってしまい 統合失調症などの病気が発現してくる。

統合失調症では 食物の代謝能力も関係してくる。

マクロビ食をとることにより改善される例も少なくない。

また 不要な物質によって引き起こされることもある。

(化学物質のアンバランスなど)

そして 自分で創造する力の不足もある。

さまざまな遊びの中に創造性を養うものが多々ある。

子ども時代 私たちは洗濯ばさみをおもちゃにして 飛行機にしたり 塔を作ったりしてきた。

創造する力を抑制されてしまった場合、欠落するものが出てくる。

障害のある子どもたちの入学テストの時に 自発的に遊べるかどうかを見るものがある。

能動的に行動できるか 受動的であるかということを見ていくのだ。

能動的ということは意欲がある。

生きる力があるということに繋がってくるのだ。

創造する力 誰かの言葉(現実にいる人・いない人を含めて)に言いなりにならない力、そして人のせいにしない力を養っていく必要がある。

頭頂部のチャクラが開きすぎた場合は 特定の瞑想法(肉体から意識を離す)やお酒はさけたほうが無難である。

ガーデニングや創作活動をはじめたり 軽運動からはじめることをすすめる。

食物も代謝能力が減退している傾向にあるので 自然のものをお勧めする。

自分の食べる傾向を調べて欲しい。

あるクライアントさんは特定の肉類しか食べない。

お店で売っている油であがった商品を食べずにはいられないそうである。

一度に変化させるのはストレスがかかるので ゆっくりとはじめればいいと思う。

さあ、今日も元気に地に足をつけて笑顔で歩いていこう♪
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7つのチャクラ

チャクラ(ツボ)は私たちの体に無数にある。

大きなものは7つである。

実際には頭頂部の上にもうひとつあって、スターチャイルドというハイアーセルフとの繋がりであるチャクラもある。

この7つのチャクラは私たちの心と体を結ぶ大切なツボである。

アクエリアン・エイジ(水瓶座の時代)を迎えてこのエネルギーシステムに変化がおき始めている。

7つのチャクラの場所は一つ目が性器と肛門の間。

二つ目が下腹部。

三つ目が胃のあたり。

四つが胸。

五つ目が喉のあたり。

六つ目が眉間のあたり。

七つ目が頭頂部にある。

このチャクラは今までは肉体のチャクラと呼ばれている第3チャクラまでが開いている人がほとんであった。

競争心、生存本能、生きていくためのノウハウを今まで身につけてきたのだ。

アクエリアン・エイジになってからはの時代に入ってきた。

地球が愛の星に生まれ変わる時期に入ってきたのだ。

すべてのものが変化しはじめてきている。

私たちも第4チャクラと第7チャクラが活性化しはじめた。

この活性化は宇宙からエネルギーがたくさん降り注いできているためである。

このとき、うまく準備が整っていないとチャクラが肥大化したり、体の横にずれてしまうことがある。

胸のチャクラにうまくエネルギーが注ぎ込まれないと エイズやアレルギーなど免疫系の問題が体に現れてくる。

頭頂部のチャクラにうまくエネルギーが注ぎ込まれないと松果体に問題が現れる。

頭頂部のチャクラが大きくなると さまざまなものが聞こえたりするようになるかもしれない。

この時、準備が整っておらずに肥大化した場合、不必要なものまで聞こえてしまう場合がある。

幻聴、幻覚といわれるものである。

このチャクラの修正についてはまた明日伝えていきたいと思う。

さあ、今日も元気に笑顔で歩いていこう♪
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