つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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旧正月

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2月4日、旧暦のお正月を迎えます。

朝日は 1月31日のもの。

自宅から写しました。

優しい光が差し込みます。

2枚の神社の写真は 関東の出雲さん。

立春大吉に向け、豆まきようのステージの準備が進んでいます。

我が家の朝の珈琲は 出雲さんのお水で作ります。

大国水という柔らかく甘いお水です。

お水取りを兼ねてお詣りに行ってきました。

この日、宮司さん手作りの注連縄(しめなわ)をいただいてきました。

2月4日の朝、旧正月を迎えますので注連縄をはりかえます。


さてさて、本当に新年を迎えられそうです。

自分の中の見えなかった大きな先祖からの遺産を 昨日の朝、見つけました。

それは マンモス(大昔からの)の頃から続く負の遺産。

恐怖です。

その恐怖は さまざまなところで顔を覗かせ、私たちに真実を隠すようにしむけます。

私の場合は 私は 存在すしていていいの?

という大きなカルマでした。

今まで生きてきた中で 

石ころにも存在価値がある。

砂粒にも存在価値がある。

それを理解していましたが、 真に見つけ、自分は生きていて本当にいいんだということを掴みました。

理解と掴むは徹底的に違います。

掴んだら、それを振動させてきます。

昨日の朝、ポンとそれを掴んでしまました。

一青窈のハナミズキを歌って涙したり、今を生きることを真に取り組み始め、やっとここまでたどり着きました。

たくさんのみんなに囲まれて そして、やっとここまでたどり着きました。

家族に感謝、みなさまに感謝、万物に感謝。

産まれてきて本当によかったなと思います。

いくつもの恐怖が本当に不必要で ハナミズキの真の意味である 愛しか残らない ということも魂に振動として響いてきました。

私の恐怖である先祖からの負の遺産は 余計なこと(実は余計なことではない大切なこと)はしゃべらない という遺産でした。

そしてそれを昨晩、主人に伝えました。

するとそれは どこの家でも抱えていることだよ。

と、笑顔で受け入れてもらえました。

とっても平和で安全な心持ちで新年を迎えられそうです。

今日は これから長野に向かいます。

主人の母の残された大切な時間に向け、母が 本当はお金や力ではなく 家族・人 すべてが命の輝きであることを伝えてきます。

すでに意識レベルが低下しつつありますが 母に愛を心から伝えに主人と向かいます。

恐怖は妄想でしかありません。

恐怖があるから 他と戦います。

真に勇気があるなら 自分の恐怖をなくすことに挑んでみてください。

平和で安全な天の岩戸がまるで実現したかのごとく、自分の周囲が高天原にかわります。

すべての方に存在する真の勇気。

自分を見つめるという勇気があります。

皆様を真に愛しています。
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Comment

瑞姫 希音(みずき かなで) says... "ふぐちゃんへ"
ふぐちゃん、ありがとうございます。
私も同じです。ようちゃんの世界へまっしぐらに向かいたいです。
昇華!!いい言葉ですね~(*^_^*)
2013.02.07 07:56 | URL | #- [edit]
ふぐちゃん says... "Re:旧正月"
>理解と掴むは徹底的に違います

此処に中々到達できないのが我々人間のある意味
生有る時に学んで掴むという事なでしょうねぇ?
自分も全く出来てないばかりか、常に何かしらの
「恐怖」に苛まれています。

それを昇華していくときっと「窈ちゃんのハナミズキ」
の真意に到達出来るのかもしれないなぁと
思う今日このごろでした^^
2013.02.04 11:05 | URL | #HM0cCWkU [edit]
瑞姫 希音(みずき かなで) says... "ゴチさんへ"
ゴチさん、ありがとうございます。
ゴチさん、素晴らしいですね!!
一番の恐怖は死なんだと思います。
でも本当は 恐怖を持ち続けることが最大の恐怖。
生きているのに死んだような人生こそが不要。
禅などさまざまな場でそれをほどく教えがあるんでしょうね。
今この瞬間を生きていると逆に無になりますよね。
2013.02.03 07:49 | URL | #- [edit]
ゴチ says... "Re:旧正月"
恐怖とは「恐ろしいと思う感情」だと思います。以前にもどこかで言ったような記憶がありますが、死ぬまで付きまとわれそうです。それを振り払うために禅宗における「無」がある様な気がしています。
2013.02.02 21:58 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]

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