つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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Posted by 森野 羽菜(もりの はな)   4 comments   0 trackback

内奥の真実

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私の好きなモネの睡蓮の一部分です。

モネの睡蓮の部屋にいくと いつもこの絵のある部屋でゆっくりと休みたいと思ってしまう私です(笑)

モネの睡蓮になぜ このような感覚が私に生じるのでしょうか。

絵描きは 油絵においては カンバスとオイルと絵具と。。。

みな道具を使用して描いていきます。

そして、表現していきます。

カンバスやオイル、絵具は 私たち人間にとっての肉体と考えるとわかりやすいと思います。

肉体は内奥を表現するための道具・・・といえばいいでしょうか。

内奥というのが真実の自分です。

肉体を通して、内奥を表現することが重要です。

どんなに立派なカンバスを購入しても、どんなに高級なオイルを購入しても、どんなに高価な絵具を購入しても

人を感動させ、陶酔させる絵を描くことは・表現することはできません。

1本の枝・1個の石で内奥を表現したなら、それは高いカンバスに描いた絵より人に感動を呼び起こします。

写真のモネの睡蓮は すでに形がありません。

ほとんど抽象絵画です。

しかしながら、画家の内奥の睡蓮が大画面いっぱいに表現され、画家が愛した睡蓮が私たちに あたかも桃源郷にでも足を踏み入れたかのごとく優しい陽光や風、穏やかな時間と空間をプレゼントしてくれます。

モネは晩年は白内障になりました。

ですが制作意欲は衰えず、形はあってもない世界を表現しています。

抽象絵画です。

モネの内奥にある絵画の本質=彼自身が投影された作品を制作していますから、見るものに感動を与えてくれます。

一度だけ美術館で見たモネの睡蓮(晩年期)は 睡蓮がまるで渦のように画面いっぱいに描かれていました。

もちろん、すでに睡蓮の姿はとどめていませんが 力強くそして軽やかにエネルギーを放出した作品でした。

もうノックアウトです(笑)

自分を表現する。

それは 肉体を超え、真実の自分との対話です。

この時、無限力に触れ自己と宇宙がひとつになります。

肉体が全てであると思わず、それを超えた自己がある。

無限力に出会っていきましょう。

今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
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Comment

森野 羽菜(もりの はな) says... "Mさんへ"
Mさん、ありがとうございます。自分を表現するとき、それが難しいと感じるとき、周囲からの評価を考えるから。

小さなころは 誰の評価も気にせずにあるがままの自分を出していただけ。

それが次第に周囲や親からの制約で・・・ねばならない・・・が身に着いちゃったんだよね。

そして、いつしか自分がねばならないを作っている。

それを解放することが大切かな。

でもそれだけでは ただのわがままな人になってしまう。

その時に、宇宙と繋がっている真の自分にまで掘り下げないと また違うスパイラルに入ってしまう。

マイルールでは あかんですよ。

そこが子供の時のやりたい放題と 大人になってからの真の自由人との違い。

宇宙の流れを真につかむこと。

それは本には書いてないよ。

魂が知っている。

でもみなそれを無視する。

それに気づきだすと大変だからね(笑)


2013.05.24 20:06 | URL | #- [edit]
森野 羽菜(もりの はな) says... "ゴチさんへ"
ゴチさん、ありがとうございます。
私も行ってみたいです(*^_^*)
私の叔父(母の弟)は、もうすぐ80才。
今でも ひとりで世界中の美術館に行っています。
オランジュリーにも行っています。
途中、エコノミー症候群になりましたが、彼もまたケセラセラ(*^_^*)
治療はしましたが(奥さんと娘が看護師さん)、家族の心配をよそにスペインやブラジルと飛んでいます。
彼の魂もまた自由で奔放なのでしょう。
2013.05.24 19:57 | URL | #- [edit]
ゴチ says... "Re:内奥の真実"
内奥の表現って難しいですね。言葉で言ってしまえば維新、橋下氏のように袋叩きにあってしまいます。しかし絵を以って抽象的に描けば難を逃れられるかもしれません。オランジュリー美術館、行ってみたいです。
2013.05.23 22:40 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]
M says... ""
自分を表現するって
難しい
小さな頃は他人がどう思うかなんて気にせずに、好きに毎日を遊び生きていたのに
今では遊ぶ楽しささえどうだったか忘れてしまうくらいに色々な事に制約があったり、大人だからやっちゃダメだとか思ってたり、
きっとそんなことは
どうでも良くて
もっと今、を自由に生きられるのに自分でできなくしてしまってる
子供に戻る事は無理でも、その頃の自由な、なんでも遊びになってた事、今をそう生きられたら素敵だな。
2013.05.23 12:00 | URL | #- [edit]

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