つきのひびき

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Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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聖母マリア

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人類の母である聖母マリア


受難の時をじっと静かに耐え、救いの時を待つ。静かに一緒にいる

Hail Mary, full of grace,
the Lord is with thee;
blessed art thou among women,
and blessed is the fruit of thy womb, Jesus.
Holy Mary, Mother of God,



ここより下記は興味のある方は読んでください。

マリアワルトルタにたまたま出会い、そして私の中でさらに聖母マリアの使命を理解できたので載せさせていただきました。

サタンってエゴだよね。

よき心を持って生まれてきても エゴによって道をすりちがえてしまう。

聖母マリアは すべてのエゴを完全に捨てたといわれています。

そして、人類がみな平和で幸せになるように戦いますよといわれています。

それが霊的戦闘という言葉に訳されているのではないかしらと共感したからです。

イブとアダムは私たちの象徴であり、伊弉諾、イザナミでもある。

そして聖母マリアはクワン・イン(観音)でもあると思います。

自由意思を天使も持っていた。

人間も持っている。

天使の中で エゴにより天界から下方に行ってしまった天使がルシファー。

いくらでもエゴを持っていたら、下方にいってしまう。

それを教えてくれたルシファーも そういう使命だったのかと感謝できる。

心の在り方は 本当にひとりひとりに委ねられている。

受難の時も その場面だけにとらわれず、静かに大きく場をとらえ、ひとりではなく常に大きな意志(宇宙)とともに生きている真実を掴み、不安や恐怖で身を落とさない。

それが上昇のループに乗る方法。

聖母マリアも観音様も 常に大きく手を広げ私たちを抱きしめてくれている。


下記は興味のある方は読んでみてください。


マリアワルトルタ(イエスの言葉を受け取ったとされる方)に啓示されたイエス、聖母、天使の言葉。

御子の礼拝ということに、サタンらが自尊心から反発し、天使から見たら劣位にあるべき被造物を礼拝することになるようなことはできない、という反抗心をもち、そして、御言葉に従わず転落をした。


サタンの墜落を見た、墜落しなかった天使たちは、自分たちの自由意思がそれほどまでに、あやういものであり、自分たちも、自尊心、傲慢から、神から離れることがあるのかもしれないという大いなる不安に襲われた。

聖母マリアも自由意思をもつが、聖母マリアは、自尊心を完全に捨て、神に全面的に己をゆだねる揺るぎない意思を示すことが啓示された。

聖母マリアの謙遜は、天使と人間の自尊心、傲慢による神の冒涜の償いとして、完全であった。

そ天使たちは、聖母マリアの謙遜のうちに、自由意思により謙遜を選びそれを完全に示すことが可能であることをみて再び心の平安を取り戻し、聖母マリアが第二のペルソナの母であることとともに、彼女が完全な謙遜を有することから、非の打ち所のない、天使も含めた天の后であること、を受け入れ、歓喜した。

聖母マリアは、創造のはじめから、天の后であり、御子についで天軍を指揮するにふさわしい立場を備えていた。

人間の神のみ言葉への反抗は、イブから始まった。

イブとアダムの話は イエスを信じるならば根本的な事実といわなければならない。

神は、イブの過ちの回復に、もう一人人間の代表として女性に共同させた。

それが聖母マリアである。

女聖母マリアは、時のおわりに、神の命により天軍を指揮してサタンとの霊的な戦いの指揮を執って、その勝利を完成させることが求められていると思われる。

それゆえ、時の終わりに、イエスは、聖母マリアを地に送って、あちこちで天の后として示し、霊的な戦いの先頭に立たせている。


聖母マリアのためというよりは、イブから始まった人類全体の神への償いの方法といえる。

人は、神のみによって救いに至るのではなく、主とともに、そして、新しいイブである聖母マリアとともに聖母マリアを先頭にして救いに至るように。

だからこそ、聖母マリアがすべての人の母なのだ。

聖霊は主への信頼を養い、聖母は罪、サタンとの戦いに備えさせる。

新しい人類は、聖母マリアとイエスから始まり、聖母マリアとイエスに終わる。

聖母マリアの子となり、イエスの兄弟となり、イエスの養子となることで、救われる。

アルファでありオメガ、

天国に最初の行くのがイエスならば、

最後に天の門を再び閉じるのも、イエスだろう。

イエスが戻るまでに、天の門をくぐる資格を持つ必要がある。

この戦いの勝利も予告されているが、しかし天軍とともに聖母マリアがするこの戦いは、地上の人間と無関係に行うことではないらしい。

現代の祈りの特別な役割がここにあるということらしい。 

聖母マリアの我々への願いは

祈り、祈り、祈り

pray for us sinners,
now, and at the hour of our death.
Amen.

下記はマリアワルトルタがイエスから啓示をうけた言葉です。

イエズスは言われる。

「主の祈りには祈りの完成がある。

注意深く見なさい。短い定型表現の中には、欠けている徳は一つもない。信仰、希望、愛徳、従順、忍従、委託、祈願、改悛、仁慈、全部がそこにある。この祈りで祈る時、最初の四つの請願を唱える間、あなたたちは全天国と共に祈り、その後、あなたたちを待つ住まいがある天を後に地上に戻り、天に向って両腕を高く差し延べ現世で必要なものを懇願し、天に戻るために勝利しなければならない戦闘での助けを求めつつ、留まるのだ。





主の祈り/マリア・ヴァルトルタの「手記」より/天使館



1943年7月7日



イエズスは語られる。

 主の祈りには、祈りの完成がある。

 注意して観てごらん。この祈りの形にこめた簡潔な表現の中で、欠けている徳目は一つもない。信仰、希望、愛徳、従順、忍耐、委託、懇願、改悛、憐れみ、すべてがそこにある。

 主の祈りの最初の四つの祈願を唱える間、あなたたちは、天上の楽園すべてと共に祈るようにしなさい。そして、その後、あなたたちを待つ住まいのある天を離れて、地上に戻り、両腕を天に向けて挙げたまま、残りの三つの懇願を唱えなさい。この懇願は、現世で必要なものを願い求めるためのものであり、また、天国へ帰るための戦いに勝つよう、助けを求める祈りである。





増補『主の祈り』/マリア・ヴァルトルタの「手記」より/天使館

マリア・ヴァルトルタ/私に啓示された福音第3巻中/天使館



1945年6月28日



「皆聞きなさい。祈る時はこう言いなさい、『天に在すわたしたちの父よ、あなたの御名が尊まれますように。あなたの王国が天にあるように地に来ますように。あなたの御意思が天において行われるように地において行われますように。わたしたちの日々のパンをきょう与えてください。わたしたちに負いめのある人をわたしたちが赦すように、わたしたちの負いめを赦してください。わたしたちを誘惑に陥らないように導き、わたしたちを悪から救ってください』と


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

※お知らせ

7月27日(土)

13:00~「本当の自分を生きる」vol.2

7月29日(月)

10:00~エンジェルカード アドバンス


13:00~エンジェルカード マスター

場所:両日とも 小田急線相模大野駅下車 徒歩7分 大野公民館

暑い日が続いています。

水分などをご持参していらしてください。
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Comment

森野 羽菜(もりの はな) says... "ゴチさんへ"
ゴチさん、ありがとうございます。
宗教って哲学やカウンセリングの始りかもしれませんね。
人がいかに生きるか、それを宇宙の在り方と照らし合わせて生きていく方法を伝えていくことなのかもしれません。
私の好きな言葉は万教帰一。
すべての教えはひとつ。
だから他を排他してしまう宗教は本来の形をかえてしまっているのでしょう。
自分の教団だけが素晴らしい・もしくは自分の教団だけが営利を保つなど思いが出てしまうのでしょう。
2013.07.15 04:58 | URL | #- [edit]
ゴチ says... "Re:聖母マリア"
”スピリチュラー”って宗教の枠にはまらないのですね。宗教の良いとこ取りなら素晴らしい事かもしれません。
2013.07.13 22:01 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]

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