つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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暑い日




8月は、どうしても戦争・・・というところに引き寄せられる。

これは忘れてはいけない大切なことだと思う。

すでに戦争体験者がかなりの齢を重ねてきていて、実際にお話を聞くのも私たちが最後の世代へとなるだろう。

「永遠の0(ゼロ)」という本を読んだ。

今年の12月に映画として上映される予定である。

戦争という時代に翻弄された若者たち。。。

その中に特攻に関する話がある。

回天・・・という言葉を聞いたことがあるだろうか。。。

まるで弾薬のようなもの・・・その中に人が入り相手に突っ込む。

終戦記念の日、主人の父親の話を聞いた。

彼の父は海軍で回天に乗る予定だった。

しかしながら、呉で終戦を迎え、平成5年まで生存することができた。

だから、主人やその兄弟、そして彼の孫が存在する。

私の母親は平成14年まで生きていたが、岩手から学徒動員で横浜まできて、弾丸のゲージを作っていたという。

下手くそで何度も戻ってきたという。

私はその話を子供だったので、「弾がうまく作れなくてよかったね。犠牲者がでなくてよかった。」と軽口をたたいたことを今も覚えている。

母親は玄米やあわやひえが大嫌いだった。

美味しいお米がいいといつも文句を言っていた。

私は彼らの苦しい戦争体験をまったく知らずに育っているから平和ぼけしている。

だから、身体にいいのは発芽玄米だったり、玄米だったりと自分の子供たちへの食材探しに必死だった。

母親はいやというほど、ひえやあわを食べてきたのだろう。

岩手は戦局からは離れていて、食べるものには苦労していなかったという。

しかしながら、田舎の箪笥の中の母親(私の祖母)の着物は消えて、箪笥の中には米が入っていたと話してくれたのを思いだした。

それもいつしか消え、ひえやあわ、じゃがいもになったという。

戦争ということを体験してきた私たち日本人、そして原爆も然り。。。

これを二度と繰り返してはならない。

「永遠のゼロ」という本には 人としての大切なことが書いてあるように私は思う。

作者もまた、戦争体験をしていない方。。。

しかしながら語り部として重要な位置にあるのだろう。

人はどのような心を持って生きなくてはならないのか。。。

改めて、自分が対外的にどのような位置に属し、また名誉であることなどまったく意味を持たず、持って帰れる最大の宝は心であるしかないと思った。

また、コントロールされることなく、体制に流されることなく生き抜ける力・・・。

でも・・・。

時代は許さなかった。。。

反発しようものなら、すぐさま特高がきてしょっぴかれる。

生存することにより、後世に伝えることができよう。。。

生きることさえ、腰抜け・・・といわれた時代だと聞くが。。。

今の時代は かなり自由に発言できる時代である。

この時代に発するしかない。

信州に信濃デッサン館がある。

そこにも若き画家の卵たちが書き残した絵画がある。

信濃デッサン館は十字架の形をしている。

彼らもまた、絵を描きたくて描けずに逝った魂たちでもある。


8月17日の朝日新聞で、「はだしのゲン」の閲覧にストップをかけた教育委員会があるのを知った。

残酷だからだという声が寄せられたためという。

もしかしたら、真実をしらないことの方が残酷なのでは・・・と思った。

教育委員会の方々もまた、戦争を知らない子供たちである。


日本人は日本人を美化するところがあるように思う。

臭いものにはふたをしろ・・・ということだろうか。

臭いものは根本的に洗い流さなければ綺麗になったことにはならにのではないだろうか。。。



私はとってもいい年をとっているが、戦争の真実や政府の真実を知らない。

またそういうことを、学校では教えてくれない。

何故、韓国や中国とうまくいかないのか。。。

日本がしてきたことを教科書では教えてくれない。。。

教員になった年、社会科の同僚がアサヒグラフを持ってきてくれた。

衝撃を受けた。。。

「まるた」というものだ。

ここには多くを書かないが、人を人としてみなさない日本人の心もあることに気づく必要があるだろう。

ドイツでは小学生のころからナチスについてディスカッション形式で過ちについて勉強している。

学ばなくてはならないところである。


先日、NHKの番組でアッツ島という特集があった。

このことも、知らなかった。

下記に載せるので時間が許せば読んでくだされば・・と思います。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

アッツ島

生きて虜囚の辱めを受けず

アッツ島は、アンカレッジから2400km、沿岸警備隊が管轄する立ち入り禁止の島である。

今回取材班は、アメリカ政府と交渉の末、ロシアとの国境に近いこの島に特別に入ることが許された。

島の広さは日本の佐渡島ほど。

一年中悪天候が続き、風速80mの暴風が吹き荒れることもある。島の北東部にあるチチャゴフ湾、日本軍アッツ島守備隊の本部が最期に置かれた場所である。

当時この付近は、日本兵の死傷者で溢れていたという。

開戦当初、勢いに乗り占領地を拡大していた日本。

昭和17年6月、アメリカ領のアッツ島、キスカ島を占領した。

守備隊の主な任務は、アメリカ軍の侵攻を防ぐため、飛行場を建設することだった。

しかし、アメリカ軍の軍艦や爆撃機によって補給は阻まれた。

守備隊2638人は孤立していく。日本軍の占領から1年経った昭和18年5月12日、アメリカ軍がアッツ等に上陸。守備隊の4倍、1万人あまりの大兵力が押し寄せてきた。

昭和18年5月29日深夜、生き残っていた100人あまりの日本兵が、谷に沿って突撃したとされている。

地面には、アメリカ軍の激しい銃撃を物語る薬きょうが、今も残っていた。

谷の行き止まりにあるエンジニアヒル、日本の守備隊長がここで命を落とし、戦争が終了したといわれている。

アメリカ兵が立てたという墓標が、激戦の痕跡をわずかに残していた。

守備隊の最期を目撃した元アメリカ兵が、今日の取材で見つかった。

アラン・セロルさん(94歳)である。

日本兵は殆ど武器も持たず、叫びながら向かってきたという。

「あれは、バンザイと叫びながら自殺のための突撃でした。日本兵は爆発物を巻きつけて、死のうとしていました。私たちを殺しに来ると同時に、死にに来たんです」と。

戦後まもなく政府がまとめたアッツ戦没者名簿の最期のページに、生還者に関する記録があった。

実は27人が瀕死の重症を負うなどしてアメリカ軍の捕虜になり、戦後日本に帰国していたのである。

兵士たちはどのような思いで戦い、最後の突撃を行ったのか。わずかな情報をたどり、漸く元兵士に会うことができた。

加藤重男さん(89歳):

加藤さんは、アッツ島の海岸で任務についていたとき、アメリカ軍の上陸に遭遇、胸と指を撃たれて重傷を負い捕虜となった。

「アメリカ軍が上陸したって抵抗も何もできないよ。弾薬もない、食べるものもない、何もない。玉砕するしかなかったよ」。

佐々木一郎さん(89歳):

アメリカ軍上陸から数日間守備隊は激しく抵抗したが、空襲や艦砲射撃で仲間は次々と戦死していった。

「旗色が悪いのは、始めから目に見えてるんだもの。本当に希望も何もない戦争だったからね」。

高橋富松さん(89歳):

自決するか、突撃して戦死するかを選べと上官に告げられた。

「軍隊の規則だから、戦陣訓にあるように死ぬしかないですよ。突撃と言ったって、敵の鉄砲玉の方が速いもの。それはどうかしてるのさ」。

アッツ島で戦死した兵士が持っていた軍隊手帳には、”生きて虜囚の辱めを受けず”と。降伏した捕虜になることは、兵士の心得を記した戦陣訓によって堅く禁じられていた。

武器もなく降伏も許されず、死ぬしかなかった兵士たち。

玉砕とは、死ぬことが目的となった戦い方だった。

玉砕は何故起きたのか。




アッツ島守備隊長と、見捨てた大本営とのやり取り


戦時中、798万人の軍人、軍属を動かしていた大本営。

政府からも独立した天皇直属の最高統帥機関として、絶大な権力を握っていた。

長野修身海軍大将、杉山元陸軍大将を中心に、エリート参謀がすべての作戦計画を立案していた。

アッツ島守備隊の全滅を玉砕と発表したのが大本営である。

「アッツ島守備隊のわが部隊は、ついにことごとく玉砕しました。

山崎部隊長は、ただの一度も兵の増援を要求したことがないし、また一発の弾薬の補給をも願ってまいりません」と。

しかし実際には、緊迫したやり取りが行われていた。

アッツ島守備隊長山崎大佐は、アメリカ軍上陸直後から厳しい戦況を伝えていた。

「敵は、全面に渡り上陸をねらっているものと思われる。その兵力は一個師団をくだらないであろう。

敵飛行機、間断なく執拗にわが上空に飛来、かつ銃撃を加えていく。

大本営は直ちに電報を送った。その時の記録が防衛省に残っている。

「大本営は、アッツ島を確保し敵の狙いを打ち砕くため、あらゆる方途を講じているところである。

緊急必要とする兵力、軍需品を至急報告ありたし。」と。

大本営は、アメリカ軍を撃退するための必要な兵力を送ると伝えていた。

電報を受け山崎大佐は、すぐさま増員兵力と物資を要請していた。

歩兵一個大隊半およそ1500人、機関銃、手榴弾、高射砲の弾薬といった武器。

さらに底を付きかけていた食料も求めていた。

しかし大本営は、隣のキスカ島からの撤収はするものの、アッツ島守備隊を見捨てる事を決定、援軍も補給も送らなかった。

守備隊からは何の要求もなかったと、大本営は偽りの発表をしていたのである。

さらに大本営は、アッツ島守備隊が名誉を重んじ、自ら玉砕を決断したと強調していた。

「山崎部隊長は、状況の推移を達観し、最期の決心をいたしました。

それは敵に大鉄槌を下し、皇軍の真髄を発揮せんというのであります。」と。

しかし守備隊には、事実上の玉砕命令が出ていたことがわかった。

防衛省に保管されていたアリューシャン作戦記録。

この中に守備隊に届いた電文の内容が記されていた。

「最後にいたらば潔く玉砕し、皇国軍人精神の成果を発揮することを望む」と。

玉砕命令を受けたアッツ守備隊長は、怪我を負い歩けない兵には自決が命じた。

昭和18年5月29日、守備隊は最期の突撃を敢行し全滅したのである。

大本営は、これに対し全滅の責任を逃れるため、守備隊自ら玉砕したと発表したのだった。

「ことごとく玉砕した。アッツ島は皇軍の真髄発揮の聖地として、永遠に悠久に歴史の上に記されることになったのであります」と。

大本営が玉砕という言葉で部隊の全滅を公表したのは、アッツ島が最初だった。

しかし大規模な命の切捨ては、それ以前から行われていた事が今回明らかになった。
 



地球の一生を1年間ととらえたとき、人類がこの地球に存在するのは12月31日の23時59分くらいかもしれない・もしくはもっと短いかもしれないと聞きました。

その貴重な存在を許された時間に人類が存在している意味は・・・。

伊豆半島がくっついて箱根や富士山ができた。

じきに伊豆七島がぶつかりまた新たなる山々が生まれる。

遠い未来、ハワイが日本に押し寄せてくる。

地球はゆっくりゆっくりだけど活動している。

古神道では天の鳥船に乗って八百万の神々とともに地球がいよいよ弥栄の星となるようにやってきたと今に伝えてきているけれど、私たちの生き方は自分本位でありすぎないだろうか。

自分さえよければ・・・と思う心がおおすぎないだろうか。

そうでなければ、すべての国はいつも笑顔で過ごしているはず。。。

永遠のゼロという本の中で、回天や桜花という人間魚雷や零戦の話がでてくるが、敵を倒すことのみ設計されているという。

対するアメリカは 人を護ることに重点をおいた飛行機を作っていると書かれている。

それがすべてではないと思うのだけれど、人と人として愛する心をどのような時ももてる強さが欲しい。。。

人は有事に際しては 自分だけになってしまうのだろうか。

このような負の遺産である心ははやく手放したいと考える。鳥飼行博研究室

回天・桜花については鳥飼行博研究室Torikai Lab Network(東海大教授)からも引用させていただきました。

厚く御礼申し上げます。

人間工学の先生だと思いますが、このような研究がすすみますことは 過去を振り返るのではなく未来へ向かって正しい生き方ができるようにというお心があると、真摯に思いました。

なにが戦争に導くのでしょうか。

戦争により幸せになるんでしょうか?

生きていくときに大事なもの・・・。

高圧的な力はどこから生まれてくるのでしょうか。

体制から抜けて真の自らの声は どうしたら出せるのでしょうか。

パワーしかないのでしょうか?

外交で諸外国とともに戦争のない世界に導くことを発信する力が日本にはあるはず。。。

原子力を外国に売っている場合ではないでしょうと思う。

また、原子力を再稼働するのも、外国への販売があるからという声も聞こえる昨今。。。

なにが大切なのか、真に考える力を持つ日本であってほしい。




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Comment

森野 羽菜(もりの はな) says... "ゴチさんへ"
ゴチさん、ありがとうございます。
日本が二度と戦争をせず、また他国の戦争をもなくすような国になってもらえると本当に嬉しいです。
戦いの歴史を捨てて和合への道をすべての国が持ち始めてもいい時期だと思います。
2013.08.21 05:26 | URL | #- [edit]
ゴチ says... "Re:暑い日"
「生きて虜囚の辱めを受けず」戦争を勝ち抜くためには気力の充実、サムライ魂が必要であったのでしょう。戦争は悲惨ですがそれ以前に負け戦を見越せず戦争に走った軍部の暴走は許せません。日露戦争で仲を取り持ってくれたアメリカを敵に回したのです。日本はにどと侵略的な戦争を行ってはいけません。しかし、領土を守るための軍事的防衛力はしっかりしておくべきです。
2013.08.18 21:01 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]

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