つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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Posted by 森野 羽菜(もりの はな)   2 comments   0 trackback

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ぷっくりとした今にも咲きそうな蓮の華

友人が上野に行った際に撮った写真です。

あまりも可愛くて、絵の材料にしたい旨を伝えていただいた写真です。 

ぴっくりした蓮の華の周りには 包み込むような蓮の葉が。。。

中国では 葉は母の懐のような仏の懐を現しているそうです。

蓮の葉に乗っかりたいような思いはそのような意味があるのかもしれません。


蓮は泥水の中から生じ、清浄な美しい花を咲かせる姿が、仏の智慧や慈悲の象徴とされています。

蓮の蕾の中には、既に実が結実しているので、一切衆生(いっさいしゅじょう・私たち)が生まれ付き仏性(実)を具えているのに喩えらます。

蓮がハチスと呼ばれるのもこの実の形からきています。

蓮は泥の中から育ちます。

真水では花を咲かせることができません。

そして、その美しい花や葉には一切の泥をつけずに水面へあがってきます。

水面からまっすぐ太陽を見て立ち上がる美しい姿は みな心を引き寄せられる。

私の住んでいる町に東の池、西の池というところがあります。

東の池はここ数年、ざりがにの被害で極端に蓮の花がへりましたが、今年は池一面に蓮の花が咲きました。

町の人もこの花を根絶やしにしてはいけないという思いの現れでしょう。

私たちはさまざまな苦難や困難、また不安や恐怖、嫉妬などなど、自分の心と葛藤しながら生活しています。

時には人を羨(うらや)んだり、人を蔑(さげす)んだり、怒ったり笑ったりします。

そんな自分に嫌気がさしたり、自分のセーフティーエリア(自分がそこから出ないことで安全を得られると確信している安全領域)を護ったり、自分への評価判断を気にしたりします。

それが実は大切です。

ドロドロした心の葛藤の中で 自己は飛翔の時を待ちます。

一切衆生がみな実を持っています。

たくさんの経験をしながら、やがて水面の上に美しい姿を現し実を育てます。

たとえ、東の池のように蓮の花が減っても泥の中に静かにその時を待っている蓮の命があります。

いただいた一枚の写真から 心が豊かになりました。

感謝を添えて。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございます。
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Comment

森野 羽菜(もりの はな) says... "ゴチさんへ"
ゴチさん、ありがとうございます。古代ハス、すごいですよね。1500年前に眠っていたハスの種がしっかり花を咲かせた。改めて命の神秘を感じました。
2013.08.24 05:16 | URL | #- [edit]
ゴチ says... "Re:蓮"
蓮の花って神仏を感じますね。蓮華座が蓮の葉なので強く感じるのかもしれません。若い人の中には蓮華を知らない人もいるようです。行田市で土木作業中に発見された種子が開花した古代ハスは1500年以上も昔の風情を再現してくれていますね。素晴らしいです。
2013.08.21 23:22 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]

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