つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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Posted by 森野 羽菜(もりの はな)   1 comments   0 trackback

今を生きるために

先日のブログでもお伝えしましたように、主月先生と祈りを行いました。

今回は講座に参加されたみなさまも一緒に祈りを行いました。

主月先生はグリッドを組み、祈りを行われました。

おそらくは 多くの方が台風が無事通過するように祈られたと思います。

台風はおかげさまで、無事北上しました。

祈りは通じると私は信じています。

気功やヨガ、瞑想やレイキ、メディカルインテュイティブ等の修練の中で雲消しをすることがあります。

雲が消えることは自然へ失礼にあたりますから、奢ることなく最小限の修練をします。

今回は台風の発生を消すのではなく、海上を北上するように祈りを組みました。

主月先生は 自然とも会話されるのですでに27号は問題ないよと話されていましたが今回の祈りでは27号28号の台風への恐怖をお持ちの方もいらっしゃり、逆に引き寄せてしまうことにもなりかねず、恐怖の波動値を大きく超えた愛を贈る祈りとなりました。

グリッドは結界です。

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写真のシステムを掴めばわかるかもしれません。

私はこの日、ちょうどアイヌの紋様を調べていました。

アイヌの紋様は、魔除けの意味があります。

そして出会ったのはパワーの紋様。

この紋様はレイキにも非常に酷似している。

モレウ(渦巻)というものです。

モレウ>モレウ2

自然の息吹を内蔵しているこの文様は風や川の流れ、木々のツルから生まれたといいます。

モはゆっくり 

レウまがる

渦文には「力」「パワー」という意味があるそうです。

力がそなわるようにという思いがこめられています。

IMG_1574.jpg


オーストラリアの原住民であるアボリジニも似たような絵画を持っています。

広大な大陸の旅路とその生活をつなぎ合わせた地図のようなものであり、その文様のひとつひとつに意味があります。

たとえば、蛇行した線は川や砂漠、同心円はキャンプや泉、波状文は蛇や道、矢印やEは動物の足跡、くの字はブーメラン、男。Uの字は座っている人などです。

これらの記号がつなぎ合わされ、壮麗な点描によって一枚の絵画が描かれます。

アボリジナルアートは一見すると抽象絵画のようですが、内実は重要な意味を含むもので、創世神話や自然崇拝、精霊のメッセージを伝えています。


エネルギーはすべての民族を越えて等しく流れているのだと改めて感動していました。

エネルギーにブロックをかけるのは 人の心でしかないなあと。。。

ブロック手放していきたいものですね。

さて、今回は主月先生からのメッセージ。

主月先生は祈りに先駆けて、月読神社、子之神社、琴平神社へご参拝されました。

そして豊受大神で世界中を満たすようにと話されました。

止由気宮儀式帳より。。

雄略天皇の22年、天照大神が天皇の夢枕にたった。

『私は高天原にいた時に、求めていた宮処に鎮まることができた。

しかし一所に居るのはまことに苦しい。

大御食を安らかに召し上がることができない。

丹波国比治の真奈井原から止由気大神(=豊受大神)を迎えて欲しい』

天皇はたたぢに、山田原の地に立派な社殿を営み、豊受大神宮をお迎えして祭祀した。

古事記より。。。

伊邪那美神がみまかった時に産まれた和久産巣日神の娘。

天孫降臨の際には、この神が邇邇芸命に付き従って、地上に降りられた。

丹後国風土記より。。。

比治山の頂上に真奈井という井戸があり、ここに天女が8人やってきて、水浴びをしていた。

その時、和奈佐老夫、和奈佐老婦という老夫婦が、ひとりの天女の衣を隠してしまった。

このため、天女は天に帰ることができなくなり、やむを得ずこの夫婦の娘になった。

この娘は酒を造るのが上手で、その酒は高く売れ、老夫婦は金持ちになった。

すると老夫婦は娘がもう邪魔になってしまい、追い出してしまった。

娘は悲しんでその村を去り、やがて奈具の村に至り、そこで暮らすようになった。

この娘が豊宇賀能売命である、

羽衣伝説にも繋がる話です。

天女が作る酒は延命長寿の氣もあったとあります。

しかしながら、老夫婦の話は今もあてはまるかもしれません。

伝承は大切に教えとして受け取っていきたいものです。

また、豊受大神は伊勢神宮では外宮にいらっしゃいますが、天照大御神と対面して食事をされていると言われています。

五穀豊穣の神であられるとともに、心の豊饒さも譲り受けたい神様ですね。


※本日、おかげさまで無事講座を迎えることができました。

13:00より東林公民館です。

お気をつけていらしてください。

お待ちしています。

tourin_map_2013101805283521f.jpg



月読神社:月讀尊は天照大御神の弟神・

月讀尊:『日本書紀』(元正天皇養老四年<720>奏進)上巻に、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)2柱の御親(みおや)神が、天照大御神をお生みになられ、次に月讀尊をお生みになられ夜之食国(よるのおすくに)をお治めになるようにと、ご委任になられた。

皇大神宮の第一の別宮である荒祭宮(皇大神宮神域にご鎮座)に天照大御神の荒御魂がまつられ、豊受大神宮の別宮多賀宮に豊受大御神の荒御魂がまつられておりますように、月讀宮にならんで、月讀尊荒御魂がまつられている。

荒御魂とは、神様の御魂のおだやかな御姿を「和魂(にぎみたま)」と申し上げるのに対して、時にのぞんで格別に顕著なご神威をあらわされる御魂のお働きを「荒御魂(あらみたま)」とたたえます。

伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮におまつり申し上げる伊弉諾尊、伊弉冉尊2柱の神は、大八洲国(おおやしまのくに)=日本の国土及び山川草木をお生みになられたのち、天(あま)の下(した)の主(きみ)たる天照大御神をお生みになり、つづいて月讀尊をお生みになられた2柱の御親神である。

子之神社:大国主命は181人の子供を持っているとされる。大和の国が弥栄であることを願うことは子孫を残すことでもある。

琴平神社:大神神社の祭神、倭大物主櫛甕魂命(ヤマトオオモノヌシクシミカタマノミコト)。『出雲国造神賀詞』では大物主櫛甕玉という。大穴持(大国主神)の和魂(にきみたま)であるとする。別名 三輪明神

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます
なるほどと思った。

主月先生には月が非常に関与している。

豊受姫もまた、半月形の月の輪田...。

半端なくリンクしていらっしゃるんだろうなと・・・(*^_^*)

伊勢に冬至に向かうことにしよう。。。



ウィキペディアより。。。

外宮の神職である度会家行が起こした伊勢神道(度会神道)では、豊受大神は天之御中主神・国常立神と同神であって、この世に最初に現れた始源神であり、豊受大神を祀る外宮は内宮よりも立場が上であるとしている。

比沼麻奈為神社のある京丹後市峰山町には、豊受大神が丹波で稲作をはじめられた半月形の月の輪田、籾種をつけた清水戸(せいすいど)がある。

これがこの地が田庭と呼ばれるようになった起源とされ、田場、丹波へと変遷し、丹波、但馬の地名の起源であるという説がある。

付近の久次嶽中腹には大神の杜があり、天の真名井の跡とされる穂井の段(ほいのだん)がある。

また、大饗石(おおみあえいし)と呼ばれる直方体のイワクラが残っており、これが神社の縁起とも言われている。

福知山市大江町には元伊勢豊受大神社がある。

元伊勢内宮より南方の船岡山に鎮座する社で、藤原氏の流れである河田氏が神職を代々継承している。

崇神天皇の御世、豊鍬入姫命(とよすきいりひめ)が天照大神の御杖代として各地を回るときに、最初の遷座地が丹後であった。

伊勢神宮外宮(三重県伊勢市)、奈具社(京都府竹野郡)、籠神社(京都府宮津市)奥宮天真奈井神社で主祭神とされているほか、神明神社の多くや、多くの神社の境内社で天照大神とともに祀られている。

 
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Comment

ゴチ says... "Re:今を生きるために"
神話、伝説と言っても現に神社や祠が有ると真実味を増しますね。”みまかる”は落語で聞いて以来です。(笑)
2013.10.27 21:36 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]

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