つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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Posted by 森野 羽菜(もりの はな)   2 comments   0 trackback

津久井から

蛍

大磯から町田を抜けて津久井方面へ車を走らせました。

ついこの前まで津久井郡であった町は相模原市になっていました。

子育てをした淵野辺~津久井の町をぐるりと走っていく間に懐かしいエネルギーに出会いました。

津久井周辺は開発が進み、山々の一部はコンクリートできれいに整備され、寂しくもあります。

リニアも走るので仕方ないかもしれません。。。

まだ残る自然の中で、蛍を見に子供たちと何度も行った小さな川がまだ美しいせせらぎを残していました。

エネルギーが上昇し始めました。

その理由がわかりました。

かつて、主人が単身で仕事をしているとき、私はまだ20代後半。

この時、子供たちのために子供たちが寂しくないようにと6月になるとこの小川に出向いていました。

そして、蛍とともに時を過ごしました。

実は それは子供たちを口実に自分が癒されたかったんでしょう。

子供たちは逆に私のために付き合ってくれた。

そういうことです。

津久井の町ではいろいろなことに出会うきっかけとなった町です。

さまざまな現象に困り果てて毎日5円を持って町の神社にこの町で暮らすことを感謝しこの町で暮らしていきたいと祈りにいきました。

子供会の神輿(みこし)につける紙垂(しで)を作ったり。。

そして、水脈のエネルギーによるさまざまな場のエネルギーや、ご先祖さまと触れ合わきっかけとなったリンの音や、光の珠。。。

この町でさまざまな現象に出会わなければ、おそらくはのんびりしていたことでしょう。

当時、養護学校の教員であった私に訪れた突然の不調。

病院にいっても原因掴めませんでした。

3ヶ月ほど仕事を休むこととなりました。

その不調はすべてが完全になるための天の岩戸であったかもしれません。

また、蛍を見に行ったのは おそらくは蛍の小さな灯が生きる意欲をポッと心の中に灯してくれるのを魂が希求していたのかもしれません。

当時は自分自身が生きること、子育てをすること、病気がちの母と必死に生きることで精一杯でした。

今だから理解できる。

現実世界の中では さまざまなことが起きます。

でも実はそのさまざまなことが開かれるためのプレリュード。

よいこともそうでないことも実は素晴らしい人生を生きるために開かれています。

この時、何かを悪化することにより、事象はパタンと蓋(ふた)を閉じてしまいます。

若いときの私の口癖。

乗り越えられないものはない

愛は勝つ(歌です♪)

継続は力なり

誰かが金メダルとるのだから私がとってもよい

蛍の灯(あかり)のように小さな希望・意欲が若い私の胸の中で輝いていたんだなあ・・・と思います。

どんなことでも乗り越えられないものはないよ。

大丈夫



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。



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Comment

森野 羽菜(もりの はな) says... "ゴチさんへ"
ゴチさん、ありがとうございます。今回は津久井の長竹から愛川を抜けて宮が瀬に入り、清川村を抜けて伊勢原から厚木道路に入りました。目標・・・大切ですね。一番の目標は 生き抜く でしょうか。
生きるって本当に大切なこと。生きる・生き抜く・命の限り・・・などなどいろいろありますが、いただいた命を大切に使わせていただくこと・・・ですね。
2013.12.04 20:04 | URL | #- [edit]
ゴチ says... "Re:津久井から"
町田から津久井入りですか。車両の場合遠回りです。厚木道路を使うか平塚から129号線で厚木で246に合流後、左折して412号線で「三ヶ木交差点」に向うのが近そうです。淵野辺、相原、城山は高尾山ICを利用する時によく通ります。人は常に目標を持って過ごしたいですね。
2013.12.03 22:08 | URL | #2SrXe8Q6 [edit]

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