大磯には3つの山がある。
ひとつは高麗山。
奈良時代に唐・新羅に滅ぼされ、日本に難を逃れた人も多く、その中の高句麗王族のひとり高麗若光がいた。
若光は一族をつれて海を渡り大磯に上陸し、高麗山の麓の化粧坂(虎御前が朝な夕なにこの井戸で顔を洗い化粧したのでこの名がついた。)あたりに住み、大磯の文化を発展させていった。

化粧(けわい)坂の井戸の写真である。
高麗山は三峰からなり、毘沙門天堂(毘沙門天は福徳の神であるとともに、四天王の時には多聞天と呼ばれ、北方を守護する。)が昔あった。
また浅間社もあり、木花佐久夜毘売命を主神としている。

写真は高麗山。
次に神揃山。
私の氏神神社は六所神社という。
この神社には櫛なだ姫が祀られていて、ヤマトタケルやスサノオも祭られている。
なぜ、六所なのかというと、毎年、5月5日になると、国府祭(こうのまち祭り)というのがある。
平安時代に国府が大磯に設けられて以来の神事で、相模国の国の五穀豊穣・民業繁栄と国民守護を祈るのだが、1000年も伝わってきたというこの神事は一ノ宮の寒川神社、二ノ宮の川匂神社、、三ノ宮の比々多神社、四ノ宮の前島神社そして平塚八幡宮五社が朝早くから、この山に向かって、数百人の氏子とともにやってくる。
六所神社はこれらの神社の総社としての役割を持っている。
伊邪那岐命・邪那美命に対して、天地万物の生成発展を祈る神事を行い、座問答が行われるが、古代国家相模国の国成立の起因の謎を秘めた珍しい神事といわれている。
また、三種の儀では三種(鉾・榊・御幣)を立て奉拝されるが、巨石は神の御座でありここに鉾を立てて降神の柱としている。
これも古代祭所の儀式を伝える貴重な聖域である。
そして、鷹取山。
平塚に御殿という地名がある。
徳川家康の鷹狩りの時のお休みどころがあった地である。
鷹取山は家康の愛鷹が見つかった場所から名づけられたが、東鑑というものにも書かれているほど、古い歴史を持ち、北条氏もゆかりの深い場所である。
大磯は静かな田舎町である。
しかしながら、住みはじめてから本当に奥が深く、面白い町である。
このブログを書き始めたのも大磯に住み始めてからのこと。
住み始めたころに、天井から金の雲が現れて、金の粉が降り注いだ。
このときに感じたのは、隣町の吾妻山(ヤマトタケル由来の山)や大山(木花咲夜姫命)を思った。
この地は山々のお力がたくさんある。
山が美しく見えるときは山が応えてくれている時だよと教えてくださったNさんを思い出す。
住んでいる場所に感謝して生きていくことが大切だと教えられているような気がする。
今日は15日。
(1日と15日は神社の日である。私は氏神神社にいつもありがとうございますと感謝を述べに行く。)
六所神社へ行く日である。
地に守られ、感謝して生きていく。
すべての土地にエネルギーがある。
すべての土地が私たちを祝福してくれている。
住んでいる場所は縁のある場所である。
感謝していくと、また地のエネルギーは応え始める。
さあ、今日も元気に感謝しながら笑顔で歩いていこう♪
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あ・うんさんの町は武田の町ですよね。
きっと他にも縁がたくさんあるんでしょうね。
私がかつて住んでいた津久井は武田と北条、そして、三浦一族に縁がある場所です。
そして、絹の道があったり、鎌倉古道があったりと。
住んでいる場所、宿泊した場所、特に新婚旅行の場所は必ずと言っていいほど縁がある場所です。
私の新婚旅行先は無意識で金箔の街、金沢(日本画を描いていたので箔や紙の町に興味があったのですが)でした。
そこは、縁が薄かった父の先祖が住んでいた場所です。
面白いですね。
大磯と私の縁はまだ見つかっていませんが、大学の恩師の先生二人がこの大磯に住んでいることがわかりました。
堀文子先生と加山又造先生です。
絵をこうして描き始めたのも、そのせいかも・・なんてちょっとつじつまが合いすぎ?
ムフフ^^
まだまだ、ディープな大磯を探検しに行きますね。
今日17日は大磯さぎちょうの日です。
海岸にいくつも高く盛り上げた縁起物が並んで日暮れを待っています。
無病息災の祈りが今晩遅くまで行われます。
今日の浜はサーファーと昔ながらの伝統の行事とが妙にマッチしていて面白い風情?をかもし出しています。
鎌倉の浜もサーファーやウインドサーフィンと古寺が一体となっていて湘南は面白いなあと思っていつも見ています。
若い頃は全然、気が付かなかった湘南です。