つきのひびき

風のように光のように自由にきらきらと輝いた人生を一緒に歩きましょう!
Posted by 森野 羽菜(もりの はな)

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湘南

湘南っていうと、海をすぐ思い出されると思います。

太陽の光、賑わい。

サーファー・・・。

今もサーファーがたくさん波のりを楽しむ姿をみることができます。

ヨットハーバーもあり、その姿を眺めているとさまざまな国へ旅をすることができます。

そんな湘南ですが、歴史も古い。

もちろん先史の頃から歴史はあるわけですが、奈良、鎌倉の頃からの歴史は皆さんもご存じの通りです。

頼朝の支配下にあった三浦一族。(県北ともつながりがある)

そして、北条氏との関わり。

さまざまな歴史があって、この地が今にあります。

その地である方からご依頼を受けました。

「家の中を小さいものがパタパタ歩いている。」

という訳です。

お伺いしてみると、確かに・・・・。

どうも裏山から流れ込んできているようです。

レイキのアチューメントもご依頼されましたが その方の左側に変化があるのがありました。

受けてしまっているんですね。

まずは結界をはることから始めることにしました。

アチューメントも先延ばしにすることに。

土地と家の浄化をはかって、その家の方々の安泰を保持してから行うことに。

中学生の息子さんも霊感があり、2階からの影響を気にしていて彼もレイキを受けたいという希望があります。

土地の神様とその家の守り神にお力をいただくことにしました。

なんにしろ、感謝です。

私たちは後からその地に住まわせていただくのですから。

お相撲さんのしこふみ。

あれも土俵入りする前に礼をはらっているんです。

そんな気持ちを毎回持つのはなかなか至難なことですが、毎朝、感謝して土地の神様と仲良くなるとお力がもらえます。

神社は水脈でつながっています。

どの地も水脈があります。

伊勢へ、出雲へ、戸隠へ・・・。

大神様へと繋がっていきます。

さあ、今日も元気に愛と感謝と反省をポケットに入れて笑顔で歩いていこう♪


湘南に残る昔話を探しました。


唐衣と白狐

約700年前の鎌倉時代のころ、鎌倉幕府につかえる秋田城之介(安達)景盛・義景の父子は、城の台にも屋敷をかまえていた。高台にあるこの屋敷は眺望がよく、特に月がとても美しく見える場所だった。

ある年の9月、十三夜の月見の宴が催された。義景の側室・唐衣が席につき琴をかなで始めた。唐衣がかなでる琴の調べは、なんともいえないやさしさに満ちあふれ、一同盃をくみかわすのを忘れて聞きほれていた。ところが、急に琴の音色が陰気になり、かきならす糸も乱れがちになった。唐衣があたりを見回すと、廊下のすみに十三、四の見なれない小姓が、うっとりと聞いているのに気づいた。不吉な予感がして唐衣は、琴をひく手をやめ、そばに置いてあった小さな箱から針を取り出すと、すっと立ち上がり、静かに小姓に近づきすばやくその着物のすそをめがけて持っていた針を力いっぱい突き通した。キャーとものすごい声をあげた小姓は、どうしたことか、年老いた雌狐に変わっていた。秋田景盛は、これをみて怒り、すぐに家来に命じて、この雌狐を真二つに切り捨てさせた。このとき古狐の頭部を葬ってまつったのが、この白狐稲荷である。

狐の胴体は、半ケ城(判官城)下の泉稲荷にまつられた。城の台付近には、昔から百年以上も年を経た白狐の夫婦が住んでいた。この雌狐を殺されてしまった雄狐は、唐衣をうらみ、のろった。雌狐が殺されてから5年後、秋田家もこののろいによって断絶してしまった。

*ちなみに、ここに出てくる秋田城之介は実在の人物で鎌倉幕府の重臣であった。また執権北条時宗の妻は秋田城之介(安達)義景の娘である。しだいに横暴になった安達一族は、執権の北条氏により滅亡した。


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